この記事のポイント
2027年問題を控えたオンプレミスHANAユーザーにとって、インフラ運用負荷の大幅削減とデータ基盤刷新を同時に実現できる有力な選択肢
CUモデルによる従量課金とサブスクリプションの使い分けで、TCOを3〜5年スパンで最適化可能
Vector Engine(GA済み)・ナレッジグラフに加え、Data & Discovery Agent(2026年4月ベータ登録開始)が発表され、DB内蔵AI基盤として進化が加速
まず開発・検証環境の移行から始め、ノウハウ蓄積後に本番へ段階展開するのが推奨アプローチ

Microsoft AIパートナー、LinkX Japan代表。東京工業大学大学院で技術経営修士取得、研究領域:自然言語処理、金融工学。NHK放送技術研究所でAI、ブロックチェーン研究に従事。学会発表、国際ジャーナル投稿、経営情報学会全国研究発表大会にて優秀賞受賞。シンガポールでのIT、Web3事業の創業と経営を経て、LinkX Japan株式会社を創業。
SAP HANA Cloudは、SAPのインメモリデータベースSAP HANAをクラウド上で提供するフルマネージドサービスです。
2027年問題を控え、オンプレミスHANA環境の延命か移行かを判断する必要に迫られている企業にとって、HANA Cloudはインフラ運用負荷を大幅に軽減しながらデータ基盤を刷新できる選択肢です。
本記事では、SAP HANA Cloudの基本概念からオンプレミスとの違い、サービス構成、料金モデル(CUベース)、移行時の検討ポイント、活用シーン、2026年最新動向(Vector Engine・Data & Discovery Agent等)までを体系的に整理します。
目次
SAP HANA Cloud, SAP HANA database
Data & Discovery Agent(ベータ)
SAP HANA Cloudの料金体系とトータルコスト試算のポイント
Data & Discovery Agent(ベータ)
Q1. SAP HANA CloudとSAP S/4HANA Cloudの違いは?
Q2. オンプレミスHANAからの移行にはどのくらいの期間がかかる?
SAP HANA Cloudとは
SAP HANA Cloudは、SAPのインメモリデータベースSAP HANAをクラウド上で提供するフルマネージドサービスです。
従来のオンプレミス環境で構築・運用していたHANAデータベースを、パブリッククラウド基盤上でサービスとして利用できる形態として提供されています。
2027年問題によるECC保守終了が迫るなか、オンプレミスHANA環境を抱える企業はインフラの延命か移行かの判断を迫られています。サーバーの更改費用、OS・DBパッチ適用の属人化、バージョンアップのたびに発生するプロジェクトコストに悩んでいるなら、HANA Cloudへの移行はこれらの課題を一度に解消する手段になり得ます。

SAP HANAとは
まず前提として、SAP HANAそのものについて簡単に整理します。
SAP HANA(High-performance ANalytic Appliance)は、SAPが開発したインメモリデータベース管理システムです。
従来のディスクベースのデータベースと異なり、データをメモリ上に保持することで、超高速なデータ処理・分析を実現します。
主な特徴は以下のとおりです。
-
インメモリ処理による高速性
データをメモリ上に展開するため、ディスクI/Oのボトルネックがなく、リアルタイムに近いデータ処理が可能
-
トランザクション処理と分析処理の統合
OLTP(オンライントランザクション処理)とOLAP(オンライン分析処理)を同一基盤で実行できる
-
列指向データストレージ
列単位でのデータ圧縮・処理により、大量データの集計・分析を高速化
-
組み込み分析・機械学習機能
データベース内部で予測分析・機械学習処理を実行できる
このSAP HANAをオンプレミスで構築・運用する形態からクラウド上でサービスとして利用する形態に発展させたものが、SAP HANA Cloudです。
SAP HANA Cloudの提供形態
SAP HANA Cloudは、主要なパブリッククラウドプロバイダー上で提供されます。
- Microsoft Azure
- Amazon Web Services (AWS)
- Google Cloud Platform (GCP)
これらのクラウド基盤上に、SAPがマネージドサービスとしてHANAデータベースを展開し、ユーザーはインフラ運用をSAP/クラウドプロバイダーに任せながら、データベース機能を利用することができます。
SAP HANA Cloudの位置付け
SAP HANA Cloudは、単なるHANAのクラウド版にとどまらず、SAPのクラウド戦略における中核的なデータ基盤として位置付けられています。
-
S/4HANA Cloudのデータベース層
RISE with SAPやS/4HANA Cloud環境では、SAP HANA databaseがERP本体のデータベースとして採用される。なお、一部のSAP Cloud ERP Privateパッケージでは拡張・開発用途としてSAP HANA Cloudのentitlementsが含まれる
-
SAP BTPのデータストア
SAP Business Technology Platform(BTP)上でのアプリケーション開発・データ統合において、データ永続化層として利用される
-
マルチクラウド・ハイブリッドクラウドのデータハブ
複数のクラウド環境やオンプレミス環境のデータを統合・分析する基盤として機能する
つまり、SAP HANA Cloudは単体のデータベースサービスというよりも、SAP全体のクラウドエコシステムの土台を支える基盤として捉える必要があります。
SAP S/4HANA Cloudとの違い
名称が似ているため混同されやすいですが、SAP HANA CloudとSAP S/4HANA Cloudはまったく別の製品です。以下の表に両者の違いを整理しました。
| 観点 | SAP HANA Cloud | SAP S/4HANA Cloud |
|---|---|---|
| カテゴリ | クラウドデータベースサービス(DBaaS) | クラウドERP |
| 役割 | データの保管・処理・分析 | 業務プロセスの実行(会計・購買・販売など) |
| 利用形態 | 単体でも利用可能 | SAP HANA databaseをデータベース層として使用 |
| 主な利用者 | データエンジニア、基盤管理者 | 業務部門、ERPコンサルタント |
簡単に言えば、HANA Cloudは「データを扱うクラウドDBサービス」、S/4HANA Cloudは「業務を動かすクラウドERP」です。S/4HANA CloudのERP本体はSAP HANA databaseをデータベース層として使用しており、HANA Cloudとは別の製品です。ただし、一部のSAP Cloud ERP Privateパッケージでは拡張・開発用途としてHANA Cloudのentitlementsが含まれる場合があります。
SAP HANA Cloudの主要な機能とサービス構成
SAP HANA Cloudは、複数のサービス・機能を組み合わせた統合データプラットフォームです。
ここでは、主要なコンポーネントとその役割を整理します。

SAP HANA Cloud, data lake
SAP HANA Cloud, data lakeは、大量の構造化データ・半構造化データを低コストで保存・処理するためのデータレイク機能です。
ホットデータ(頻繁にアクセスするデータ)はHANAインメモリDBに、コールドデータ(過去データ・アーカイブ)はdata lakeに格納することでコストを最適化できます。CSV、Parquet、ORC、JSONなど多様なファイル形式に対応し、HANA本体の負荷を抑えつつ大規模な分析・機械学習処理を実行できます。
data lakeは、リアルタイム性は不要だが大量の履歴データを保持・分析したいといったニーズに応える機能です。
SAP HANA Cloud, SAP HANA database
SAP HANA Cloud, SAP HANA databaseは、HANA Cloudの中核となるインメモリデータベースです。以下の機能を備えています。
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トランザクション処理
S/4HANA、SAP BTPアプリケーションなどのバックエンドデータベースとして機能
-
リアルタイム分析
インメモリ処理による高速集計・分析クエリの実行
-
組み込みAI・機械学習
Predictive Analysis Library(PAL)、Automated Predictive Library(APL)など、データベース内部でのAI処理
-
空間データ処理・グラフデータベース機能
地理情報・位置情報を扱う空間データベース機能や、ネットワーク分析・関係性分析を行うグラフデータベース機能
オンプレミス版HANAと同等の機能を、クラウド上でサービスとして利用できます。
SAP Datasphere
SAP Datasphere(旧SAP Data Warehouse Cloud)は、HANA Cloudと統合されたデータウェアハウス・データ統合サービスです。
複数のデータソース(SAP、非SAP、クラウド、オンプレミス)からデータを取り込み・統合し、セマンティックレイヤー(ビジネスロジック層)を構築してデータの意味付け・ガバナンスを一元管理します。従来のSAP BWで構築していたデータウェアハウス基盤の後継として位置付けられており、BI・分析ツール(SAP Analytics Cloud、Tableau、Power BIなど)へのデータ提供も担います。
HANA Cloudと組み合わせることで、データの保管・処理(HANA Cloud)とデータの統合・意味付け(Datasphere)を一体で運用できます。
スケーリング・高可用性機能
クラウド環境ならではの柔軟性として、次のような機能が提供されます。
-
垂直スケーリング(スケールアップ)
メモリ・CPU容量を動的に増減させ、ワークロードに応じたサイジング調整が可能
-
水平スケーリング(スケールアウト)
複数ノードを追加して、並列処理能力を拡張
-
自動バックアップ・リカバリ
定期的な自動バックアップと、ポイントインタイムリカバリによるデータ保護
-
レプリケーション・HA構成
複数リージョンへのレプリケーションや、高可用性構成の自動構築
こうした機能により、インフラ運用の負担を抑えながら、ビジネス要件に応じた柔軟な環境構築が可能になります。
Vector Engine

SAP HANA Cloud Vector Engineは、データベース内でベクトルデータの格納・比較をSQL経由で実行できる機能です。2026年時点でGA(一般提供)済みとなっています。
ベクトル検索を活用することで、RAG(Retrieval-Augmented Generation)による社内ナレッジ検索、レコメンデーション、テキスト分類・クラスタリングといったAIユースケースを、外部のベクトルDBを追加することなくHANA Cloud内で完結できます。LangChainとの統合も提供されており、LLMアプリケーションのバックエンドとしてHANA Cloudを活用する構成が実用段階に入っています。
Data & Discovery Agent(ベータ)
2026年Q1で発表された新機能で、ナレッジグラフベースのデータ探索とAI駆動のクエリ生成を組み合わせた仕組みです。
Discovery Agentがデータベースオブジェクトのナレッジグラフから関連データを特定し、Data Agentが自然言語の質問をSQLに変換して実行します。深いSQL知識がなくても会話的にデータを探索できるため、ビジネスユーザーとデータエンジニアの間の橋渡しとして機能します。Beta Programとして提供され、2026年4月1日から登録が開始されます。
オンプレミスHANAとSAP HANA Cloudの違い
SAP HANA Cloudへの移行を検討する際には、オンプレミス版HANAと何が違うのかを明確に理解する必要があります。

運用モデルの違い
最も大きな違いは、誰がインフラ運用を担うかです。以下の表にオンプレミスとクラウドの運用モデルを比較しました。
| 観点 | オンプレミスHANA | SAP HANA Cloud |
|---|---|---|
| インフラ調達 | サーバー・ストレージを自社調達 or データセンター契約 | クラウド基盤上でサービスとして提供 |
| OS・DB運用 | 自社 or 運用ベンダーが担当 | SAPマネージドサービスとして提供 |
| バックアップ・パッチ適用 | 自社でスケジュール管理・実施 | 自動バックアップ・パッチ適用が標準で提供 |
| スケーリング | ハードウェア増設・構成変更が必要 | 管理画面から動的にスケールアップ/アウト可能 |
| 高可用性・DR構成 | 自社設計・構築が必要 | サービスとして提供されるHA/DRオプションを選択可能 |
SAP HANA Cloudでは、インフラ層の運用負荷が大幅に軽減される一方、カスタマイズや細かなチューニングの自由度は制限される点に注意が必要です。
料金モデルの違い
オンプレミスとクラウドでは、コスト構造が大きく異なります。以下の表にコスト面の違いを整理しました。
| 観点 | オンプレミスHANA | SAP HANA Cloud |
|---|---|---|
| 初期投資 | サーバー・ライセンスの一括購入 | 初期投資は最小限(サブスクリプション型) |
| ランニングコスト | 保守費用・データセンター費用 | 従量課金 or サブスクリプション費用 |
| 容量変更時のコスト | ハードウェア追加購入が必要 | オンデマンドでスケーリング、即座に反映 |
| TCO試算の考え方 | 5〜10年スパンの減価償却を含めた試算 | 月額コスト×利用期間での試算 |
オンプレミス環境では初期投資が大きく、クラウドでは使った分だけ払う従量制モデルになるため、利用パターンによってコスト優位性が変わります。
機能・性能の違い
基本的なHANA機能はオンプレミスとクラウドで共通ですが、以下のような違いがあります。
SAP HANA Cloudでは、マルチクラウド・ハイブリッド連携が標準でサービスとして提供され、クラウドサービスとして継続的にアップデートされるため新機能をいち早く利用できます。また、data lake機能がネイティブに統合され、ホット・コールドデータの最適配置が容易です。
一方、オンプレミスHANAの方が柔軟性が高い領域もあります。クラウド版では標準構成が前提となり、細かなOS設定やネットワーク構成の自由度は制限されます。専用アプライアンスや超大容量メモリ構成など、特殊要件への対応はオンプレミスの方が柔軟です。
移行を検討する際は、サービスとしての利便性とカスタマイズの自由度のトレードオフを冷静に評価する必要があります。
SAP HANA Cloudの料金体系とトータルコスト試算のポイント
SAP HANA Cloudの料金体系は、Capacity Unit(CU)モデルを基本としています。
ここでは、料金の考え方と、TCO試算時に押さえるべきポイントを整理します。
基本的な課金要素
SAP HANA Cloudの料金は、主に次の要素で決まります。

-
コンピュートリソース(vCPU・メモリ)
利用するvCPU数とメモリ容量に応じた課金です。インスタンスサイズ(Small、Medium、Largeなど)を選択し、それに応じた料金が発生します。
-
ストレージ容量
データ保存容量に応じた課金です。HANA databaseのストレージとdata lakeのストレージで料金体系が異なり、一般的にdata lakeストレージの方が単価は安くなります。
-
バックアップストレージ
自動バックアップの保存容量に応じた課金です。保存期間・世代数によってコストが変動します。
-
データ転送料金
クラウドプロバイダー間のデータ転送(Egress料金)です。同一リージョン内であれば転送料金は発生しないか、低額です。
-
追加機能・オプション
レプリケーション機能、高可用性構成、マルチリージョン展開などのオプション料金です。
従量課金とサブスクリプション

SAP HANA Cloudでは、利用パターンに応じて次のような料金プランが選択できます。以下の表に各プランの特徴を整理しました。
| プランタイプ | 特徴 | 向いているケース |
|---|---|---|
| 従量課金(Pay-as-you-go) | 使った時間・容量に応じて課金。柔軟性が高い | 開発・検証環境、需要が変動する用途 |
| 年間契約(Subscription) | 一定期間・容量をコミットすることで、単価を抑える | 本番環境、安定稼働が見込まれる用途 |
| RISE with SAPバンドル | S/4HANA CloudやBTPと一体で契約。一部パッケージではHANA Cloudのentitlementsが拡張・開発用途として含まれる | SAP全体のクラウド移行を検討している場合 |
特に、RISE with SAPを採用する場合は、一部パッケージでHANA Cloudのentitlementsが拡張・開発用途として含まれるため、別途契約するよりもトータルコストを抑えられるケースがあります。
なお、SAP HANA Cloudにはfree tierプランが用意されており、SAP BTPのtrial subaccountでも利用できます。制限付きのHANA Cloudインスタンスを無償で起動でき、CUモデルの挙動やDatasphereとの連携を事前に検証できます。ただし、夜間に自動停止される点と、30日間再起動しないとインスタンスが削除される点に注意が必要です。
トータルコスト試算時に考慮すべきポイント
オンプレミスHANAからHANA Cloudへの移行を検討する際、単純な月額料金だけで比較するとクラウドの方が高いと見えることがあります。しかし、以下の要素を含めた総コストで評価する必要があります。
クラウド移行で削減できるコストとしては、ハードウェア調達・更改費用、データセンター利用料・電力費用、OS・DB運用要員のコスト、バックアップ・パッチ適用作業のコスト、アップグレード・バージョンアッププロジェクトのコストなどがあります。
一方、クラウド移行で新たに発生するコストとして、月額サブスクリプション費用、データ転送料金、クラウド運用スキル習得・体制構築のコスト、既存システムとのネットワーク接続コスト(専用線など)があります。
特に、運用要員のコストをどこまでクラウド側に寄せられるかがTCO削減の鍵になります。
見積もり取得時の整理事項
ベンダーから見積もりを取得する際には、次の点を整理しておくとスムーズです。
-
利用するワークロード規模
データ量、同時接続ユーザー数、処理頻度など
-
稼働時間パターン
24時間365日稼働なのか、業務時間のみなのか
-
高可用性・DR要件
どの程度の可用性が必要か、災害対策をどこまで求めるか
-
既存ライセンス資産の扱い
オンプレミスHANAの既存ライセンスや契約上のクレジットをクラウド移行時にどう扱えるかは、個別のSAP契約条件に依存する。SAPまたは認定パートナーへの事前確認が必要
これらを踏まえて、3〜5年スパンでのTCO比較を行うことが推奨されます。
SAP HANA Cloud移行時の検討ポイント
オンプレミスHANAからHANA Cloudへの移行は、単なる場所の移動ではなく、運用モデル・アーキテクチャ・データ管理の在り方を見直す機会です。
ここでは、移行時に押さえるべき検討ポイントを整理します。

移行パターンの選択
HANA Cloud移行には、大きく次のようなパターンがあります。

-
リフト&シフト(Lift & Shift)
既存のHANAデータベースをそのままクラウド上に移行する方法です。アプリケーション側の改修が最小限で、移行期間・コストを抑えやすい反面、クラウドネイティブな機能を活かしきれず、オンプレミス時代の設計をそのまま引き継ぐため非効率な部分が残る可能性があります。
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リファクタリング(Refactoring)
クラウド移行と同時にデータモデルやアーキテクチャを見直す方法です。data lake活用やマルチクラウド連携など、クラウドの利点を最大化でき、レガシーな設計を整理して将来の拡張性を高められます。ただし、アプリケーション改修が必要になる場合があり、移行期間・コストが増大しやすいです。
-
ハイブリッド構成
一部のデータ・ワークロードはオンプレミスに残し、一部をクラウドに移行する方法です。段階的な移行が可能で、規制・セキュリティ要件によりオンプレミス保持が必要なデータに対応できます。ただし、オンプレミスとクラウドの両方を運用する複雑性や、データ同期・ネットワーク接続の設計が必要です。
SAP移行の全体像を踏まえたうえで、自社の業務要件・IT成熟度・投資余力に合った移行戦略を選択します。
データガバナンスとセキュリティ
クラウド移行では、データの保管場所・アクセス管理が変わるため、ガバナンスの見直しが必要です。
検討すべき論点は以下のとおりです。
-
データレジデンシー(データ保管場所)
国・地域によるデータ保管規制に対応できるリージョンを選択
-
暗号化・アクセス制御
保存データの暗号化、転送データの暗号化、ロールベースアクセス制御の設計
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監査ログ・コンプライアンス
誰がいつどのデータにアクセスしたかのログ取得・監査体制
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個人情報保護規制への対応
GDPR、個人情報保護法などへの準拠
特に、機密性の高いデータをクラウドに移行する場合は、セキュリティ設計を入念に行う必要があります。
ネットワーク設計・接続方式
オンプレミス環境や他クラウドサービスとの接続をどう設計するかも重要です。代表的な接続方式を以下に整理します。
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インターネットVPN
低コストだが、帯域・安定性に制約がある
-
専用線接続(ExpressRoute、Direct Connectなど)
高速・安定だが、コストが高い
-
ハイブリッドクラウド統合基盤
SAP BTPやクラウドプロバイダーのハイブリッド接続サービスを活用
特に、リアルタイム性が求められるトランザクション処理や大量データ転送が発生する分析ワークロードでは、専用線接続が推奨されます。
運用体制・スキルの見直し
クラウド移行により、IT部門の役割が変わります。従来のサーバー・ストレージの調達・運用やOS・DBのパッチ適用・バックアップ管理から、クラウドサービスの設定・監視やデータモデル・クエリ最適化、ビジネス部門との連携強化へとシフトします。
そのため、次のような対応が必要になります。
- クラウド運用スキル(Azure、AWS、GCPの管理スキル)の習得
- HANA管理者の役割シフト(インフラ寄り → データ活用・最適化寄り)
- 外部パートナーとの役割分担の再設計
インフラ運用の負担が減ることは、IT部門の仕事が減ることではなく、データ活用・ビジネス価値創出に時間を割けるようになるという前向きな変化です。
段階的な移行戦略

すべてを一度にクラウド化するのではなく、段階的なアプローチを取ることがリスク管理の観点から推奨されます。
まず開発・検証環境を移行して運用ノウハウを蓄積し、次に本番データへの影響が少ない分析ワークロードを移行、最後にノウハウが蓄積された段階で本番トランザクション処理を移行するという流れが一般的です。
実務上の判断ポイントとして、開発環境の移行であれば従量課金プランで始められるため初期コストを抑えやすく、移行中に「クラウドでは対応できない」要件が発覚した場合のリカバリも容易です。最初から本番環境を移行しようとすると、万が一の切り戻しコストが大きくなるため、段階的アプローチは時間がかかるように見えて結果的にリスクとコストを最小化できます。
SAP HANA Cloudの主な活用シーン
SAP HANA Cloudは、さまざまなユースケースで活用されています。
ここでは、代表的な活用シーンを紹介します。

S/4HANA環境との連携データ基盤
S/4HANA Cloud環境ではERP本体のデータベースとしてSAP HANA databaseが使用されますが、HANA Cloudはその周辺でデータ活用を拡張する基盤として活用されます。
- 一部のSAP Cloud ERP Privateパッケージでは、拡張・開発用途としてHANA Cloudのentitlementsが含まれる
- S/4HANAのERPデータをHANA Cloudにレプリケーションし、本番環境に負荷をかけずに分析・レポーティングを実行
- SAP BTP上のカスタムアプリケーションからHANA Cloudを参照し、ERPデータを活用した拡張機能を構築
この構成では、ERP本体(S/4HANA + HANA database)とデータ活用基盤(HANA Cloud)を分離することで、本番環境の安定性を保ちつつデータ活用の幅を広げられます。
データウェアハウス・分析基盤
既存の業務システム(SAP、非SAP問わず)からデータを集約し、分析基盤として活用するパターンです。
- オンプレミスのECC、Salesforce、Webログなど、複数のデータソースを統合
- HANA Cloudのインメモリ処理で、大量データの集計・分析を高速実行
- SAP Analytics CloudやTableau、Power BIと連携し、ダッシュボード・レポートを提供
この構成では、HANA Cloud+SAP Datasphereを組み合わせて、データ統合・クレンジング・セマンティックレイヤー構築を行うケースが多くあります。
リアルタイムデータ処理・IoT分析
製造業・物流業などで、IoTセンサーデータをリアルタイム処理する用途にも適しています。
- 工場の設備センサー、物流トラックのGPSデータなどを継続的に取り込み
- HANA Cloudのストリーム処理・時系列分析機能でリアルタイム監視
- 異常検知・予測保全のアラートをリアルタイムに発信
この構成では、HANA CloudのStreaming機能やPredictive Analysis Library(PAL)を活用します。
アプリケーション開発基盤
SAP BTP上でカスタムアプリケーションを開発する際の、データストアとして活用されます。
- BTP上のSAP Fioriアプリ、ローコードアプリのバックエンドDBとしてHANA Cloudを採用
- ODataサービス経由でデータ取得・更新を行い、疎結合なアーキテクチャを実現
- BTPのAI/機械学習サービスと連携し、予測・推奨機能を組み込む
この構成では、S/4HANAコア部分はクリーンに保ち、拡張機能はBTP+HANA Cloudで実装するという設計思想が推奨されます。
ハイブリッドクラウド・マルチクラウド統合
オンプレミスと複数のクラウド環境にまたがるデータを統合するデータハブとしての活用も増えています。
- オンプレミスのECC、Azure上のSalesforce、AWS上の分析ツールなど、異なる環境のデータをHANA Cloudに集約
- データ仮想化(Data Virtualization)機能により、物理的な移動なしにデータを統合参照
- グローバル拠点のデータを一元管理し、全社横断のレポーティングを実現
この構成では、ネットワーク設計・データガバナンス・セキュリティ設計が特に重要になります。
SAP HANA Cloud導入を成功させるためのポイント
最後に、SAP HANA Cloud導入を成功させるために押さえておきたい実務のポイントをまとめます。

クラウド化の目的を明確にする
クラウド移行は手段であり、目的ではありません。コスト削減が目的なのか、俊敏性向上が目的なのか、インフラ運用負荷軽減が狙いなのか、最新機能活用が狙いなのかを明確にします。
目的が曖昧なまま移行すると、クラウドに移行したが期待した効果が得られないという事態に陥ります。
オンプレミス資産の棚卸し
既存のHANA環境をそのままクラウドに持ち込むのではなく、何を持ち込み、何を捨てるかを整理します。
- 使われていないテーブル・データを整理する
- レガシーなカスタマイズ・アドオンを見直す
- データアーカイブ戦略を策定し、過去データをdata lakeに移行する
移行をきっかけに、システムをスリム化・最適化することが重要です。
クラウドネイティブな機能の積極活用
単なるリフト&シフトではなく、クラウドならではの機能を活用します。
-
data lakeでのコスト最適化
ホット・コールドデータの適切な配置
-
自動スケーリングの活用
需要に応じた柔軟なリソース調整
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マルチリージョン展開
グローバル拠点への展開を迅速化
これらを活用することで、クラウドに移行して良かったと実感できる効果が得られます。
パートナー・ベンダーの選定
SAP HANA Cloud移行は専門性が高いため、適切なパートナーの力を借りることが重要です。HANA Cloudの導入実績・認定資格の有無、クラウドプロバイダー(Azure、AWS、GCP)との連携実績、移行後の運用サポート体制、SAP BTP・SAP Datasphereなど周辺サービスとの統合ノウハウを確認します。
特に、オンプレミスHANAには詳しいがクラウドには不慣れなベンダーに依頼すると、クラウドの利点を活かしきれないリスクがあります。
SAP HANA Cloudの2026年最新動向
SAP HANA Cloudは2025年後半から2026年にかけて、AI・マルチモデルデータベースとしての機能強化が進んでいます。
ナレッジグラフエンジン
SAP HANA Cloudに、ネイティブのナレッジグラフエンジンが追加されました。RDF(Resource Description Framework)に基づくトリプルストアを内蔵し、データのセマンティックな意味付けや関係性の表現が可能になっています。
既存のプロパティグラフからナレッジグラフへの変換機能も提供されており、データモデルの再設計なしに両方のパラダイムを同じデータ上で柔軟に使い分けることができます。ナレッジグラフ技術は、将来的にデータベース組み込みのAIエージェント基盤としても活用が見込まれています。
SAP Business Data Cloud統合
2025年12月のリリースで、SAP HANA CloudからSAP Business Data Cloudのデータプロダクトを直接消費できる機能が追加されました。仮想テーブル接続が自動的に作成され、シームレスなデータアクセスが実現します。2026年初頭にはデータプロダクトの生成機能も追加予定です。
Geographic Resilience(地理的回復力)
2026年1月から、SAP HANA CloudのGeographic Resilienceがヨーロッパにも拡張され、EU Central(フランクフルト)とEU South(ミラノ)間でワークロードを保護できるようになりました。リージョン障害時のビジネス継続性がさらに強化されています。
AutoML・予測分析の強化
機械学習機能の強化として、Hybrid Gradient Boosting Tree(HGBT)による回帰モデル構築や、ランダムサーチとハイパーバンド最適化によるAutoML高速化が導入されています。Jouleとの連携によるAI活用の幅も広がっており、データベース内部でのインテリジェント処理が一層充実しています。
Vector EngineのGA化
ベクトルデータの格納・類似検索をSQL経由で実行できるVector Engineが一般提供(GA)されました。RAG(検索拡張生成)、レコメンデーション、テキスト分類などのAIユースケースを、HANA Cloud内で外部ベクトルDBなしに実現できます。LangChainとの統合も公式に提供されており、LLMアプリケーションのバックエンドとしてHANA Cloudを採用する構成が実用段階に入っています。
Data & Discovery Agent(ベータ)
2026年Q1で発表された、ナレッジグラフベースのデータ探索とAI駆動のSQL生成を組み合わせたエージェント機能です。自然言語の質問からSQLを自動生成・実行し、ビジネスユーザーが深いSQL知識なしにデータを探索できます。Beta Programとして提供され、2026年4月1日から登録が開始されます。
Performance Analyzer
Q1 2026でSAP HANA Cloud CentralにPerformance Analyzerが追加されました。HANAインスタンスの最大42日分の履歴メトリクスを分析でき、パフォーマンスのボトルネック特定やキャパシティプランニングに活用できます。
SAP HANA Cloudに関するよくある質問
Q1. SAP HANA CloudとSAP S/4HANA Cloudの違いは?
SAP HANA Cloudはクラウドデータベースサービス(DBaaS)で、データの保管・処理・分析を担います。SAP S/4HANA Cloudはクラウド型ERPで、会計・購買・販売などの業務アプリケーションです。S/4HANA CloudのERP本体はSAP HANA databaseをデータベース層として使用しており、HANA Cloudとは別製品です。一部パッケージでは拡張・開発用途としてHANA Cloudのentitlementsが含まれます。
Q2. オンプレミスHANAからの移行にはどのくらいの期間がかかる?
移行パターンや規模によりますが、リフト&シフト(そのまま移行)で3〜6ヶ月、リファクタリング(アーキテクチャ見直し含む)で6〜12ヶ月が目安です。まず開発・検証環境から始めて段階的に進めることで、リスクを抑えられます。
Q3. HANA Cloudの料金体系はどうなっている?
Capacity Unit(CU)モデルを基本としています。コンピュート(vCPU・メモリ)、ストレージ、バックアップ、データ転送の各要素がCUに換算されます。従量課金と年間サブスクリプションが選べるほか、RISE with SAPの一部パッケージでは拡張・開発用途としてHANA Cloudのentitlementsが含まれます。
Q4. 無料で試すことはできる?
SAP HANA Cloudにはfree tierプランがあり、SAP BTPのtrial subaccountでも利用できます。制限付きのインスタンスを無償で起動でき、CUモデルの挙動確認やDatasphereとの連携検証に活用できます。ただし夜間に自動停止され、30日間再起動しないとインスタンスが削除されるため、継続的な検証には定期的な再起動が必要です。
Q5. Vector Engineとは何に使える?
HANA Cloud内でベクトルデータの格納・類似検索を実行できる機能です。RAG(検索拡張生成)による社内ナレッジ検索、レコメンデーション、テキスト分類などのAIユースケースに活用できます。外部のベクトルDBを別途導入する必要がありません。
Q6. 既存のオンプレミスHANAライセンスはクラウド移行時にどうなる?
既存ライセンスや契約上のクレジットをHANA Cloud移行時にどう扱えるかは、個別のSAP契約条件に依存します。HANA Cloudは現行のCUベース課金が基本であり、公開一次ソースでは一般的なライセンス持ち込みの仕組みは確認できません。移行検討の初期段階で、SAPまたは認定パートナーに既存契約の扱いを確認してください。
クラウドデータ基盤の次は、AIが業務を動かす番
HANA Cloudでデータ基盤をクラウドに移行した次のステージは、そのデータを実際の業務アクションにつなげることです。「データはあるが活用しきれていない」という課題に対して、AIエージェントがデータ取得から報告・申請・承認までを自動で実行する仕組みが求められています。
AI Agent Hubは、Fabric OneLakeによるデータ仮想統合を基盤に、SAP ConcurやDynamics 365と連携して経費精算・請求書処理・承認フローをAIエージェントが自動実行するエンタープライズAI基盤です。HANA Cloudを含む複数のデータソースにZero ETLで接続し、物理コピーなしでAIがデータを横断活用します。すべて自社Azureテナント内で完結するため、データガバナンスの要件も満たします。
AI総合研究所は、SAP HANA環境を起点としたAI業務自動化の設計を支援しています。資料で、データ基盤からAIエージェント実行までの一気通貫アーキテクチャをご確認ください。
SAPデータ基盤からAI業務自動化へ
HANAのデータをAIが活用
HANA Cloudを含む複数データソースをFabric OneLakeで仮想統合。経費精算・請求書処理・承認フローをAIエージェントが自動実行するエンタープライズAI基盤です。
まとめ
SAP HANA Cloudは、単なるHANAのクラウド版にとどまらず、SAP全体のクラウド戦略における中核的なデータ基盤です。導入検討にあたって押さえるべきポイントは、以下の3点に集約されます。
-
オンプレミスHANAを維持するコストと移行コストを3〜5年スパンで比較する
月額サブスクリプションだけでなく、サーバー更改費用・運用人件費・バージョンアッププロジェクト費を含めたTCOで判断する。CUモデルの従量課金は開発・検証環境から小さく始められるため、まず検証で実データを使ってコスト感をつかむのが実用的なアプローチ
-
移行は開発環境から段階的に進め、本番は最後にする
一度に全てを移行するのではなく、開発→分析ワークロード→本番トランザクションの順で段階的に移行する。万が一の切り戻しコストを抑えながら、クラウド運用のノウハウを組織に蓄積できる
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2026年時点のHANA CloudはDB+AI基盤として進化している
Vector Engine(GA済み)・ナレッジグラフに加え、Data & Discovery Agent(2026年4月ベータ開始)が発表されており、単なるデータ保管・処理にとどまらないインテリジェントなデータ基盤として進化している。移行の判断軸を「インフラコスト削減」だけでなく「データ活用の拡張性」にも広げるべき
2027年問題への対応としてクラウド移行を検討するIT部門にとっては、SAP HANA Cloudはインフラ運用の負担を減らし、データ活用・ビジネス価値創出に時間を割くための強力な選択肢です。まずはSAP HANA Cloud free tier(BTP trial subaccountでも利用可)でインスタンスを立ち上げ、自社データの処理性能とCU消費量を確認するところから始めてみてください。












