この記事のポイント
SAP BWの基本概念とBW/4HANAへの進化を理解
主な機能(データ統合・モデリング・レポーティング)を把握
SAP Datasphereとの違いと移行パスを理解
今後の保守スケジュールと戦略的選択肢を整理

Microsoft AIパートナー、LinkX Japan代表。東京工業大学大学院で技術経営修士取得、研究領域:自然言語処理、金融工学。NHK放送技術研究所でAI、ブロックチェーン研究に従事。学会発表、国際ジャーナル投稿、経営情報学会全国研究発表大会にて優秀賞受賞。シンガポールでのIT、Web3事業の創業と経営を経て、LinkX Japan株式会社を創業。
SAP BW(Business Warehouse)は、SAPが提供するデータウェアハウス製品で、SAPシステムや外部システムのデータを統合し、分析・レポーティング基盤を提供します。2015年にSAP BW/4HANAとしてHANAベースに刷新され、2025年現在も多くの企業で利用されています。一方で、SAPはクラウドネイティブなSAP Datasphereを戦略的後継製品として位置付けており、既存BW環境からの移行パスも提供されています。本記事では、SAP BWの基本概念、BW/4HANAへの進化、主な機能、SAP Datasphereとの違い、今後の移行戦略を解説します。
SAP BWとは何か
SAP BW(Business Warehouse)は、SAPシステムや外部システムのデータを統合し、分析・レポーティングのためのデータウェアハウス基盤を提供するSAP製品です。
1997年にリリースされたSAP BWは、長年にわたりSAPユーザー企業のデータ分析・経営レポーティングの中核を担ってきました。2015年にSAP HANA上で動作する SAP BW/4HANA として全面刷新され、現在はこのBW/4HANAが主流となっています。

SAP BWの基本的な役割
SAP BWは、次のような役割を担います。
データ統合(ETL)
- SAP ERP、S/4HANA、SuccessFactors、AribaなどのSAPシステムからデータを抽出
- Oracle、SQL Server、SalesforceなどSAP以外のシステムからもデータを取得
- データを変換・クレンジングし、統一形式でデータウェアハウスに格納
データモデリング
- InfoCube、DSO(Data Store Object)などの分析用データモデルを構築
- ディメンション・ファクトモデル(スタースキーマ)で分析しやすい構造を設計
レポーティング・分析
- BEx(Business Explorer)クエリによるレポート作成
- SAP Analysis for Officeによる多次元分析
- SAP Analytics CloudやTableauなど外部BIツールへのデータ提供
SAP BWは、「業務システム(ERP等)」と「分析・BIツール」の間に立つデータ統合・変換レイヤーとして機能します。
SAP BW、SAP BW on HANA、SAP BW/4HANAの違い
SAP BWには、世代によって次のバリエーションがあります。
| 製品名 | 登場時期 | データベース | 特徴 |
|---|---|---|---|
| SAP BW(クラシック) | 1997年 | Oracle、DB2、SQL Serverなど | 従来型データベース上で動作、現在はレガシー扱い |
| SAP BW on HANA | 2011年 | SAP HANA | HANAインメモリDBを活用、BW/4HANAへの移行パス |
| SAP BW/4HANA | 2015年 | SAP HANA(必須) | HANAネイティブ設計、現在の主流バージョン |
SAP BW/4HANA は、HANA専用に最適化され、
- インメモリ処理による高速分析
- データモデルの簡素化(従来の複雑なレイヤー構造を削減)
- 最新のデータ統合・分析機能
を特徴とする、現代の標準バージョンです。
SAP BWの位置付け
SAP BWは、SAPのデータ分析エコシステムにおいて次のように位置付けられます。
| 製品・サービス | 役割 |
|---|---|
| SAP S/4HANA、ERP等 | 業務データの発生源(トランザクション処理) |
| SAP BW/4HANA | データウェアハウス・統合基盤(オンプレミス/IaaS) |
| SAP Datasphere | クラウドネイティブデータ統合基盤(SaaS) |
| SAP Analytics Cloud | ビジュアル分析・ダッシュボード |
近年、SAPは SAP Datasphere をクラウド時代の戦略的データ基盤として推進しており、既存BW環境からの移行パスも提供されています。
次のセクションでは、SAP BW/4HANAへの進化について詳しく見ていきます。
SAP BW/4HANAへの進化
SAP BW/4HANAは、従来のSAP BWをHANA上で全面刷新したバージョンです。
ここでは、BW/4HANAの特徴と進化のポイントを整理します。

SAP BW/4HANAの主な特徴
1. SAP HANA専用設計
BW/4HANAは、SAP HANAデータベース上でのみ動作します。
- インメモリ処理による高速集計・分析
- 列指向ストレージによる大規模データ処理
- HANA独自の高度な分析関数(予測分析、時系列分析など)
これにより、億単位のレコードでもリアルタイムに集計できるパフォーマンスを実現します。
2. データモデルの簡素化
従来のSAP BWは、PSA(Persistent Staging Area)、DSO、InfoCubeなど多層構造が複雑でした。
BW/4HANAでは、
- 不要なレイヤーを削減
- aDSO(Advanced DSO)に統合
- モデリングの簡素化により開発・保守コストを削減
という方向で設計が刷新されています。
3. リアルタイムデータ統合
従来のバッチ処理中心から、リアルタイムデータ統合へシフトしています。
- SDA(Smart Data Access)によるリアルタイムデータアクセス
- SDI(Smart Data Integration)によるレプリケーション
- データ仮想化による柔軟なデータ統合
4. 最新の分析・レポーティング機能
- SAP Analytics Cloudとのネイティブ連携
- Planning機能(統合計画・予算策定)
- Embedded Analyticsとの統合(S/4HANAから直接クエリ)
SAP BW/4HANAの最新バージョン
2025年2月時点での最新バージョンは、SAP BW/4HANA 2023 Feature Pack 04(2025年2月25日リリース)です。
主な新機能・改善点としては、
- データモデリング機能の強化
- パフォーマンス最適化
- SAP Datasphereとの統合機能拡張
などが含まれています。
保守期限と今後のスケジュール
重要な情報として、SAP BW/4HANAの保守期限が延長されました。
SAPは2020年2月に、SAP BW/4HANAの保守戦略をSAP S/4HANAと完全に整合させ、少なくとも2040年まで保守することを発表しました。これにより、BW/4HANAはS/4HANAと同じ長期的な保守サイクルで運用できるようになりました。
これにより、既存BW/4HANA環境を利用している企業は、長期的な運用計画を立てやすくなりました。
次のセクションでは、SAP BW/4HANAの主な機能を具体的に見ていきます。
SAP BW/4HANAの主な機能
SAP BW/4HANAは、データ統合からモデリング、分析まで包括的な機能を提供します。
ここでは、実務で押さえておくべき主要機能を整理します。
1. データ統合(ETL/ELT)
SAP BW/4HANAは、多様なデータソースからデータを統合します。
対応データソース
-
SAPシステム
S/4HANA、ECC、SuccessFactors、Ariba、ConcurなどからODP(Operational Data Provisioning)で接続 -
データベース
Oracle、SQL Server、MySQL、PostgreSQL、Snowflakeなど -
ファイル・クラウドストレージ
CSV、Excel、Parquet、AWS S3、Azure Blob Storageなど
データ統合方式
-
バッチロード
定期的(夜間、週次など)にデータを抽出・変換・ロード -
リアルタイムレプリケーション(SDI)
データ変更をリアルタイムに反映 -
データ仮想化(SDA)
データを移動せず、リモートテーブルとして参照
2. データモデリング
BW/4HANAでは、次のオブジェクトを使ってデータモデルを構築します。
aDSO(Advanced Data Store Object)
- データ格納の中核オブジェクト
- 従来のDSO、PSAの役割を統合
- リアルタイムデータアクセスと更新が可能
InfoObject(マスタデータ・特性)
- 顧客、製品、組織などのディメンション定義
- 階層構造(組織階層、製品カテゴリ階層など)を管理
CompositeProvider
- 複数のaDSOやInfoObjectを仮想的に結合
- クエリ実行時にデータを統合(物理的な統合は不要)
Open ODS View
- 外部データソースを仮想的にBWオブジェクトとして扱う
- データ移動なしでクエリ可能
3. レポーティング・分析
BW/4HANAで作成したデータモデルを、各種ツールで分析します。
BEx Query(Business Explorer Query)
- BW標準のクエリ設計ツール
- ディメンション・メジャーを組み合わせた多次元分析
SAP Analysis for Office
- Excel上でBWデータを多次元分析
- ピボットテーブル的な操作感
SAP Analytics Cloud(SAC)
- クラウドベースのビジュアル分析・ダッシュボード
- BW/4HANAとネイティブ連携
外部BIツール(Tableau、Power BI等)
- OData、ODBCなどの標準プロトコルで接続可能
4. Planning(統合計画)
BW/4HANAには、予算策定・需要計画などのPlanning機能も組み込まれています。
- トップダウン/ボトムアップ計画
- シナリオプランニング
- ワークフロー・承認機能
従来、Planning機能は別製品(SAP BPC)として提供されていましたが、BW/4HANAに統合されました。
5. データライフサイクル管理
大量データを長期運用するための機能も提供されます。
-
データエイジング(Data Aging)
古いデータをニアライン・ストレージに移動し、パフォーマンスを維持 -
データアーカイブ
不要データを削除またはアーカイブ -
パーティショニング
大規模テーブルを分割し、クエリパフォーマンスを最適化

次のセクションでは、SAP DatasphereとSAP BW/4HANAの違いを整理します。
SAP DatasphereとSAP BW/4HANAの違い
SAPは、クラウドネイティブな SAP Datasphere を戦略的データ基盤として推進しています。
ここでは、BW/4HANAとDatasphereの違いと、両者の関係を整理します。

主な違い
| 観点 | SAP BW/4HANA | SAP Datasphere |
|---|---|---|
| 提供形態 | オンプレミス/IaaS(顧客管理) | SaaS(フルマネージド) |
| インフラ管理 | 顧客またはパートナーが担当 | SAPが管理(自動アップデート) |
| アーキテクチャ | 物理的なデータ集約(ETL中心) | データファブリック(仮想化中心) |
| 主な用途 | 大規模データウェアハウス・複雑なモデリング | クラウド統合・SAP/非SAPデータ統合 |
| SAP標準推奨度 | 既存環境の継続利用 | 新規構築・クラウド移行の推奨ソリューション |
アーキテクチャの違い
SAP BW/4HANA
- データを物理的にBWに集約(ETL)
- 大量データの高速集計に最適化
- 複雑なデータモデル・変換ロジックに対応
SAP Datasphere
- データファブリック:データを移動せず仮想的に統合
- 必要に応じてレプリケーション・キャッシュ
- 軽量で柔軟なデータ統合
移行・統合のパス
SAPは、既存BW環境からDatasphereへの移行パスとして、SAP BW bridge を提供しています。
SAP BW bridgeとは
- SAP Datasphere上でBWランタイムを動作させるアドオン機能
- 既存のBWデータモデル・クエリを80%以上再利用できる
- BW資産を活かしながら、段階的にDatasphereネイティブ機能へ移行可能
移行戦略の選択肢
既存BW環境を持つ企業は、次のような選択肢があります。
-
BW/4HANAで継続運用
2040年まで保守されるため、長期継続利用も可能 -
Datasphere + BW bridgeで段階移行
BW bridgeで既存資産を移行し、徐々にDatasphereネイティブ機能へ切り替え -
Datasphereへフル移行
新規にDatasphereでデータモデルを構築
どの選択肢が最適かは、
- データ量・複雑さ
- クラウド戦略
- 既存BW資産の規模
- IT人材のスキルセット
などを踏まえて判断します。
次のセクションでは、SAP BW/4HANAの活用シーンを見ていきます。
SAP BW/4HANAの活用シーン
SAP BW/4HANAは、企業のさまざまなデータ分析課題に対応できます。
ここでは、代表的な活用シーンを整理します。

1. 全社統合レポーティング基盤
最も典型的なのが、全社の業務データを統合した経営レポート作成です。
例:月次経営レポート
- S/4HANAから財務・販売・購買データを抽出
- SuccessFactorsから人事データを統合
- 外部データ(市場動向、為替レート等)を取り込み
BW/4HANAで統合・集計し、経営ダッシュボード・定型レポートを生成します。
2. 履歴データ分析・トレンド分析
BW/4HANAは、長期間の履歴データを蓄積し、トレンド分析する用途に適しています。
- 過去10年分の売上データを保持
- 季節性・トレンドを分析
- 前年同月比・過去平均との比較
業務システム(ERP等)では履歴データを長期保持しにくいため、BW側で蓄積・分析します。
3. 大規模データの高速集計
億単位のレコードを高速集計する必要がある場合、BW/4HANAの強みが発揮されます。
- 製造業での大量センサーデータ分析
- 小売業での全店舗POSデータ集計
- 金融業での大量取引データ分析
HANAのインメモリ処理により、従来は数時間かかっていた集計が数秒〜数分で完了します。
4. 統合計画・予算策定
BW/4HANAのPlanning機能を使い、予算策定・需要計画を実施します。
- 各部門からのボトムアップ予算入力
- 本社によるトップダウン調整
- シナリオ分析(楽観・標準・悲観シナリオ)
実績データと計画データを一体管理し、予実管理を実現します。
5. 複雑なデータ変換・ビジネスロジック
業務ルールが複雑で、標準的なBIツールでは対応しきれない場合、BW/4HANAの柔軟性が活きます。
- 複雑な配賦ロジック(間接費配賦、移転価格など)
- 複数通貨・単位の換算
- 業界特有の集計ルール
ABAPでカスタムロジックを実装し、精緻なデータ変換を実現できます。
次のセクションでは、SAP BWの今後と移行戦略を整理します。
SAP BWの今後と移行戦略
SAP BW/4HANAは2040年まで保守されますが、SAPの戦略的方向性はDatasphereです。
ここでは、今後の選択肢と移行戦略を整理します。

SAP BW/4HANAで継続運用する場合
メリット
- 既存のBW資産(データモデル、レポート、開発人材)を継続活用
- 2040年まで保守されるため、長期運用計画が立てやすい
- 大規模・複雑なデータモデルに対応
検討ポイント
- インフラ管理・運用を自社またはパートナーが担当
- 最新のクラウド機能(Databricks統合、Snowflake連携など)は限定的
- Feature Packによる機能強化は継続されるが、Datasphereほど積極的ではない
向いている企業
- 大規模なBW環境を長年運用し、移行コストが大きい
- オンプレミス継続またはIaaS(AWS、Azure)での運用を選択
- 複雑なデータモデル・ビジネスロジックがあり、簡単には移行できない
SAP Datasphereへ移行する場合
メリット
- フルマネージドSaaSで運用負荷削減
- 最新のクラウド機能(Databricks、Snowflake、Microsoft Fabric連携)を活用
- SAP標準のデータプロダクト・Intelligent Applicationsが利用可能
移行パス
-
SAP BW bridge経由の移行
- 既存BWデータモデルをDatasphere上のBW bridgeに移行
- 80%以上のコンテンツを再利用
- 段階的にDatasphereネイティブ機能へ切り替え
-
リモートコンバージョン
- 既存BW環境をリモートから参照しつつ、Datasphereで新規モデル構築
- 並行運用期間を設け、段階的に移行
-
フル再構築
- Datasphereでゼロから再設計
- 最も工数がかかるが、最新のアーキテクチャを採用可能
向いている企業
- クラウド移行を戦略的に推進
- BW環境が比較的小規模・シンプル
- 最新のクラウド機能・AI統合を優先
ハイブリッド運用という選択肢
すぐに全面移行せず、BW/4HANAとDatasphereを並行運用するアプローチもあります。
- 既存の複雑なレポートはBW/4HANAで継続
- 新規のクラウド統合・AI活用はDatasphereで実施
- 段階的にDatasphereへシフト
メリット
- リスクを抑えた段階的移行
- 既存資産を活かしつつ、最新技術も活用
注意点
- 2つのプラットフォームを運用する複雑さ
- データ同期・整合性管理の負荷
移行判断のポイント
BW/4HANAで継続するか、Datasphereへ移行するかは、次の観点で判断します。
| 判断軸 | BW/4HANA継続 | Datasphere移行 |
|---|---|---|
| BW環境の規模・複雑さ | 大規模・複雑 | 小〜中規模 |
| クラウド戦略 | オンプレ継続 | クラウド移行 |
| 運用負荷の削減意向 | 中程度 | 高い |
| 最新クラウド機能の活用意向 | 中程度 | 高い |
| 移行投資の許容度 | 低い | 高い |
まとめ|SAP BWを自社のデータ戦略の中でどう位置付けるか
SAP BW/4HANAは、SAPのデータウェアハウス製品として、大規模データ統合・分析基盤を提供し、2025年現在も多くの企業で利用されています。
2040年まで保守延長されたことで長期運用が可能になった一方、SAPはクラウドネイティブなSAP Datasphereを戦略的後継製品として推進しており、SAP BW bridgeによる移行パスも提供されています。
既存BW環境を持つ企業は、BW/4HANAで継続運用、Datasphereへ移行、ハイブリッド運用といった選択肢から、自社のクラウド戦略・データ規模・運用体制に応じて最適な道を選ぶことが重要です。
SAP BWは、長年蓄積されたデータ資産と分析ノウハウを活かしながら、クラウド時代のデータ基盤へと進化する過渡期にあります。自社のデータ戦略の中で、SAP BWをどう位置付け、どう進化させていくかが、これからのデータドリブン経営では重要になってきます。






