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暗黙知の形式知化とは?生成AIで進める方法・企業事例・SECIモデルを解説

この記事のポイント

  • 暗黙知の形式知化とは、言語化されていない経験知をマニュアルやデータとして組織で共有できる形に変換する取り組み
  • 生成AIは特にSECIモデルの「表出化」と「連結化」を加速し、議事録AI・AIインタビュー・RAGなどで実装できる
  • ストックマークは製造業特化のマルチモーダルAIで設計資料からの暗黙知抽出を目指す基盤を開発、NTTデータは2種類のAIエージェントで熟練者の知見を継承
  • AIは身体で覚えた感覚知の完全な言語化は不得手で、「文書化して終わり」にせず活用まで設計する必要がある
  • 形式知化はスモールスタートが基本で、議事録AIや社内ナレッジ検索など目的別にツールを選ぶのが現実的
坂本 将磨

監修者プロフィール

坂本 将磨

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Microsoft MVP・AIパートナー。LinkX Japan株式会社 代表取締役。東京工業大学大学院にて自然言語処理・金融工学を研究。NHK放送技術研究所でAI・ブロックチェーンの研究開発に従事し、国際学会・ジャーナルでの発表多数。経営情報学会 優秀賞受賞。シンガポールでWeb3企業を創業後、現在は企業向けAI導入・DX推進を支援。

暗黙知の形式知化とは、熟練者の勘や経験のように言語化されていない知識を、マニュアル・手順書・データベースなど誰もが使える形に変換する取り組みです。
ベテランの退職や人材の流動化で技術・ノウハウの継承が課題になるなか、生成AIの普及によって、これまで手間のかかった形式知化を現実的なコストで進められる環境が整ってきました。

本記事では、暗黙知と形式知の違いやSECIモデルの基礎から、生成AIで形式知化する5つの方法、ストックマーク・NTTデータなどの企業事例、AI活用の注意点と費用相場までを、2026年5月時点の情報で体系的に解説します。

目次

暗黙知と形式知とは?その違いと具体例

暗黙知とは

形式知とは

暗黙知と形式知の違い

「形式知化」とは何を指すのか

暗黙知の属人化が招く課題と、形式知化で得られる効果

暗黙知が属人化したままだと何が起きるか

形式知化で得られる4つの効果

なぜ今、生成AIで形式知化が現実的になったのか

SECIモデルとは?暗黙知を形式知化する知識創造のサイクル

SECIモデルの4つのプロセス

形式知化の核心は「表出化」にある

「場(Ba)」と知識のスパイラル

生成AIで暗黙知を形式知化する5つの方法

① 音声・対話の文字起こしと構造化

② AIインタビューによる暗黙知の引き出し

③ RAGによる社内ナレッジ検索

④ マルチモーダルAIによる図表・設計資料の読解

⑤ AIエージェントによるナレッジ循環の自動化

生成AIで暗黙知を形式知化した企業事例

ストックマーク|設計資料からの暗黙知抽出を目指すマルチモーダルAI

NTTデータ|2種類のAIエージェントで熟練者の知見を継承

東京ガス|コールセンターのベテラン応対をAIで形式知化

生成AIで暗黙知を形式知化する際の注意点と「できない領域」

AIで形式知化できる領域/できない領域

誤った形式知が固定化するリスク

「文書化して終わり」にしない

機密ナレッジと情報セキュリティの扱い

暗黙知の形式知化の始め方|ステップ・ツール・費用相場

形式知化を始める4ステップ

目的別のツールの選び方

ツール・基盤の費用相場

形式知化した知識を、現場で使われ続ける仕組みにするなら

まとめ

暗黙知と形式知とは?その違いと具体例

暗黙知と形式知の違いは、その知識が言語化・データ化できているかどうかにあります。

暗黙知は、熟練者の勘や経験のように本人の中にあって言葉にしにくい知識を指します。
一方の形式知は、マニュアルや手順書のように、文章・図・数値として誰もが共有できる形になった知識です。

そして、この暗黙知を形式知へと変換する取り組みが「形式知化」です。

暗黙知と形式知とは その違いと具体例

本セクションでは、両者の定義と違い、身近な具体例を整理し、この記事全体の土台となる言葉の意味をそろえます。

暗黙知とは

暗黙知(tacit knowledge)とは、経験や勘に基づいて身についた、言語化が難しい知識のことです。

この概念は、化学者・哲学者のマイケル・ポランニーが1966年の著書『暗黙知の次元』(The Tacit Dimension)で提唱しました。「人は語れる以上のことを知っている(We can know more than we can tell)」という一節は、暗黙知の本質を表す言葉として広く知られています。この考え方が、のちに経営学のナレッジマネジメント理論へと受け継がれていきました。

たとえば、熟練の職人が金属の色や音から温度を見極める感覚や、トップ営業が商談の空気から提案のタイミングを計る判断は、本人もうまく説明できないことが多くあります。

このような知識は、長年の実践のなかで身体や感覚に染み込んでいるため、マニュアルに落とし込みにくいという特徴を持ちます。

暗黙知は組織の競争力の源泉である一方、特定の個人に依存しているため、その人が抜けると失われてしまうという弱点も抱えています。

形式知とは

形式知とは、言葉・数式・図表などで表現され、客観的に共有できる知識のことです。

操作マニュアル、業務手順書、チェックリスト、料理のレシピなどが代表例です。

形式知は誰が読んでも一定の理解にたどり着けるため、教育・引き継ぎ・標準化に向いています。
一度形式知になれば、複製も検索も容易になり、組織全体の資産として再利用できるようになります。

暗黙知と形式知の違い

両者の違いを整理すると、共有のしやすさと、組織における役割が大きく異なることが分かります。
以下の表で、暗黙知と形式知の特性を対比しました。

暗黙知と形式知の違い

観点 暗黙知 形式知
状態 言語化されていない 言語化・データ化されている
職人の勘、営業の話術、ベテランの段取り マニュアル、手順書、レシピ、設計基準
共有のしやすさ 共有しにくい(本人に依存) 共有しやすい(誰でも参照可能)
強み 応用が効く、状況対応に強い 再利用・標準化・教育に強い
リスク 退職や異動で失われる 文脈が抜けて形骸化することがある


この対比から見えてくるのは、暗黙知と形式知はどちらが優れているという話ではなく、役割が違うという点です。

暗黙知は現場の柔軟な判断を支え、形式知は組織全体での共有と再現を支えます。
形式知化が目指すのは、暗黙知をすべて置き換えることではなく、個人の中に閉じている知識の一部を、組織が使える形に移すことです。

「形式知化」とは何を指すのか

形式知化とは、暗黙知のうち言語化できる部分を抽出し、文章・図・データとして残すプロセスを指します。

形式知化とは何を指すのか
 
ベテランへのインタビュー、業務の手順書化、判断基準のルール化などが、その具体的な手段です。

ただし、ここには長年の課題がありました。
熟練者は自分の判断を「なんとなく」で説明しがちで、聞き手にも専門知識が要り、文書化には膨大な時間がかかります。

この「言語化のコストの高さ」こそが、形式知化が掛け声倒れになりやすかった理由です。
後述するように、生成AIはまさにこの部分を肩代わりする技術として注目されています。

AI Agent Hub1


暗黙知の属人化が招く課題と、形式知化で得られる効果

暗黙知が個人に閉じたままだと、その人の退職とともに組織の能力が失われます。

形式知化は、この属人化のリスクを下げ、知識を組織の資産に変えるための取り組みです。

暗黙知の属人化が招く課題と効果

本セクションでは、暗黙知が属人化したままだと何が起きるかを整理したうえで、形式知化で得られる効果と、いま生成AIで取り組む価値が高まっている背景を説明します。

暗黙知が属人化したままだと何が起きるか

熟練者の知識が言語化されないままだと、組織は次のような問題に直面します。

  • 技術・ノウハウの断絶
    熟練者の退職とともに、長年培われた判断基準や段取りが失われる。後任が同じ水準に達するまで時間がかかる。

  • 品質と対応のばらつき
    担当者によって判断や対応の質が変わり、サービス品質が安定しない。

  • 育成の長期化
    教える側の負担が大きく、新人が一人前になるまでの期間が読めない。

  • 業務のブラックボックス化
    手順が個人の頭の中にしかなく、改善も引き継ぎも進まない。


この背景にあるのが、人口構造の変化です。1947〜1949年生まれの団塊世代が2025年にすべて75歳以上となる「2025年問題」に象徴されるように、ベテラン層の高齢化と退職が進んでいます。経済産業省・厚生労働省・文部科学省がまとめた2025年版ものづくり白書でも、人材の確保・育成と技能の伝承は、製造業が直面する重点課題として継続的に取り上げられています。

団塊世代やベテラン層の退職が進むなか、「あの人にしか分からない」業務が積み上がっている企業は少なくありません。これらは単なる現場の困りごとではなく、人材流動化が前提となった時代の経営リスクそのものです。

形式知化で得られる4つの効果

暗黙知を形式知化すると、属人化の裏返しとして以下の効果が期待できます。

形式知化で得られる4つの効果

  • 属人化の防止
    特定の個人に依存していた知識が組織で共有され、退職や異動の影響を受けにくくなる。

  • 業務の効率化
    過去の事例や手順をすぐに参照でき、同じ調べ物や問い合わせの繰り返しが減る。

  • 品質の均一化
    判断基準が共有されることで、担当者による対応のばらつきが小さくなる。

  • 育成・指導の短縮
    形式知化されたマニュアルや事例集が教材になり、新人の立ち上がりが速くなる。


たとえば、業務マニュアルを整備して新人教育に使う取り組みは、形式知化の最も身近な実践例です。ChatGPTを使ったマニュアル作成の手順のように、生成AIで文書化の手間そのものを下げる方法も広がっています。

なぜ今、生成AIで形式知化が現実的になったのか

形式知化の重要性は以前から語られてきましたが、実際にはなかなか進みませんでした。

なぜ今生成AIで形式知化が現実的になったのか

最大の理由は、前のセクションで触れた「言語化のコストの高さ」です。
熟練者へのヒアリング、議事録の作成、手順書への落とし込みには、いずれも人手と時間がかかります。

生成AIは、この言語化の工程を大きく支援します。
会話の文字起こしと要約、ヒアリング内容の構造化、大量のドキュメントからの検索といった作業を、AIが肩代わりできるようになったためです。

実際、生成AIの業務利用はすでに広がっています。総務省の令和7年版情報通信白書によれば、日本で何らかの業務に生成AIを利用している割合は**55.2%にのぼり、用途では「メールや議事録、資料作成等の補助」が47.3%**と上位を占めています。文章を要約・整形するというAIの身近な使い方が、そのまま形式知化の入り口になっているわけです。

つまり、形式知化が進まなかったのは意識の問題というより、コストの問題でした。
そのコストが下がりつつある今が、改めて形式知化に取り組む好機だといえます。

製造業の現場では、この流れが技能継承の文脈で特に進んでいます。詳細は技能継承AIとは?暗黙知を形式知化する仕組みと製造業の事例で扱っています。


SECIモデルとは?暗黙知を形式知化する知識創造のサイクル

SECIモデルは、暗黙知と形式知が循環しながら組織の知識を生み出していく過程を示したフレームワークです。

一橋大学の野中郁次郎名誉教授が1991年にHarvard Business Reviewで発表し、竹内弘高氏との共著『知識創造企業』(1995年)を通じて世界へ広めた理論で、形式知化を考えるうえで欠かせない基礎です。前述したポランニーの暗黙知の概念を、経営の文脈へ発展させたものと位置づけられます。

SECIモデルと知識創造のサイクル

本セクションでは、SECIモデルの4つのプロセスを整理し、形式知化がそのどこに位置づくのかを明らかにします。これは、後半で生成AIの役割を理解するための土台になります。

SECIモデルの4つのプロセス

SECIモデルは、知識が変換される4つのプロセスの頭文字を取った名前です。

SECIモデルの4つのプロセス

以下の表で、4プロセスがそれぞれ「何から何への変換か」を整理しました。

プロセス 変換の方向 具体例
共同化(Socialization) 暗黙知 → 暗黙知 OJTや同行訪問で、体験を共にして感覚を受け継ぐ
表出化(Externalization) 暗黙知 → 形式知 熟練者の判断を言葉や図にして文書化する
連結化(Combination) 形式知 → 形式知 複数の資料を統合し、新しいマニュアルや戦略に再編する
内面化(Internalization) 形式知 → 暗黙知 文書化された知識を実践し、自分の技として身につける


この4つは一度で完結せず、らせんを描くように繰り返されます。内面化で個人が得た新たな暗黙知が、次の共同化・表出化の入り口になり、組織の知識が少しずつ厚くなっていく仕組みです。

形式知化の核心は「表出化」にある

形式知化という言葉が直接対応するのは、4プロセスのうちの**表出化(暗黙知 → 形式知)**です。

形式知化の核心は表出化

熟練者の頭の中にある判断を、言葉・図・データに変換する工程であり、SECIモデルのなかでも最も難しいとされてきた部分でもあります。

なぜ難しいかというと、暗黙知はそもそも言葉になりにくいからです。
本人が無意識に行っている判断を引き出し、第三者にも伝わる表現に翻訳する作業には、高度な対話力と整理力が求められます。

後半で見るように、生成AIが最も力を発揮するのも、この表出化と、その先の連結化の工程です。

「場(Ba)」と知識のスパイラル

野中氏らは、知識創造には「場(Ba)」と呼ばれる、知識が共有・創造される文脈の存在が重要だと指摘しています。

会議室のような公式な場だけでなく、雑談や現場での何気ないやり取りといった非公式な場も、暗黙知が動くきっかけになります。

ここで押さえておきたいのは、形式知化はツールを入れれば自動で進むものではないという点です。
人が経験を共有し、言語化し、また実践するという循環があってはじめて、知識は組織に定着します。AIはこの循環を加速する道具であって、循環そのものを代替するわけではありません。この前提は、後半の注意点のセクションで改めて掘り下げます。


生成AIで暗黙知を形式知化する5つの方法

生成AIは、SECIモデルの表出化と連結化を中心に、形式知化の各工程を支援します。

言語化・文書化・検索という、これまで人手で時間のかかっていた作業を肩代わりできる点が、従来のナレッジ管理ツールとの大きな違いです。

生成AIで暗黙知を形式知化する5つの方法

本セクションでは、実務で使われている5つのアプローチを、それぞれ対応するツールとあわせて紹介します。自社で取り組む際は、すべてを同時に始める必要はなく、課題に近いものから着手するのが現実的です。

① 音声・対話の文字起こしと構造化

最も着手しやすいのが、会議やOJTでの会話を記録し、テキスト化・要約する方法です。

音声対話の文字起こしと構造化

ベテランの説明や現場でのやり取りは、その場では暗黙知のまま流れていきます。
これを記録して文字起こしし、AIで要点を整理すれば、口頭で交わされていた知識が形式知として残ります。

業務で取り組むなら、すでに使っている会議ツールの議事録機能を起点にするのが現実的です。たとえばMicrosoft TeamsのAI議事録機能などを使えば、会議の文字起こしと要約を自動で生成でき、日々の打ち合わせを後から検索・参照できる形で残せます。

新しいツールをわざわざ導入しなくても、普段の会議を「記録して、後から引き出せる状態にする」だけで、形式知化の第一歩になります。

② AIインタビューによる暗黙知の引き出し

文字起こしの一歩先が、AIが熟練者に質問を投げかけ、暗黙知を能動的に引き出す方法です。

AIインタビューによる暗黙知の引き出し

熟練者は自分の判断を自発的に語りにくいため、適切な問いを重ねて言語化を促す必要があります。
ここをAIが担うことで、聞き手の専門知識やインタビュー技術への依存を減らせます。

後述するNTTデータの「暗黙知伝承システム」は、まさにこの発想を製品化したものです。基本的な質問から詳細へと段階的に掘り下げ、想定回答を提示しながら熟練者の言語化を支援する仕組みになっています。

③ RAGによる社内ナレッジ検索

蓄積した形式知は、使える状態になってはじめて価値を生みます。
そこで重要になるのが、RAG(検索拡張生成)を使った社内ナレッジ検索です。

RAGによる社内ナレッジ検索

設計書、議事録、業務マニュアル、過去のトラブル事例といった膨大なドキュメントを統合し、自然言語で質問するだけで必要な情報を引き出せるようにします。

仕組みの詳細は生成AIのRAGとは?その仕組みや作り方、活用事例で解説しています。Azure上で構築する場合はAzure OpenAIのOn Your Data、検索精度を支える基盤としてはベクトルデータベースの理解が役立ちます。

④ マルチモーダルAIによる図表・設計資料の読解

テキストだけでなく、図表やレイアウトを含む複雑なドキュメントから知識を抽出するのが、マルチモーダルAIの役割です。

マルチモーダルAIによる図表設計資料の読解

製造業の設計資料や仕様書、業務フロー図には、文章にならない知識が図やレイアウトの形で埋め込まれています。
こうした資料を理解できるAIがあれば、これまで読み解けなかった暗黙知を形式知化の対象に含められます。

後述するストックマークの取り組みは、まさにこの領域に踏み込んだものです。

⑤ AIエージェントによるナレッジ循環の自動化

5つ目は、ここまでの手法を組み合わせ、ナレッジの蓄積から活用までをAIエージェントが継続的に回す方法です。

AIエージェントによるナレッジ循環の自動化

会議の記録、ドキュメントの整理、質問への回答といった工程を個別のツールで行うのではなく、エージェントが横断的に担うことで、形式知化が一度きりのプロジェクトで終わらなくなります。

社内に散らばる知識をエージェントが参照し、業務のなかで使い続ける状態をつくることが、SECIモデルでいう知識のスパイラルをAIで支える形になります。関連技術として、知識同士の関係性を構造化するナレッジグラフも、ナレッジ循環の精度を高める手段として注目されています。

AI研修


生成AIで暗黙知を形式知化した企業事例

ここでは、暗黙知の形式知化に取り組む企業の事例を、出典とともに紹介します。製造業の文書読解、熟練者からの知識継承、コールセンターの応対支援という、異なる切り口の3つの取り組みを取り上げます。

このうちストックマークとNTTデータは、経済産業省・NEDOが進める国内生成AI開発プロジェクト「GENIAC」に関連する取り組みで、暗黙知の形式知化が研究・開発から実用化へと向かいつつあることを示しています。

生成AIで暗黙知を形式知化した企業事例

ストックマーク|設計資料からの暗黙知抽出を目指すマルチモーダルAI

ストックマークは2025年7月15日、製造業に特化したマルチモーダルAI基盤の開発を発表しました。経済産業省とNEDOが実施する「GENIAC」の第3期に採択された取り組みです。

ストックマークの設計資料からの暗黙知抽出

開発の中心は、「暗黙知を抽出する業界特化のドキュメント読解基盤モデル」です。
実験・研究レポート、設計資料、製品マニュアル、仕様書、業務フロー図といった、図表やレイアウト構造を含む複雑な文書を理解させることを狙っています。

注目したいのは、対象が「読みにくい文書」である点です。
製造業の現場には、テキストだけでは表現されない知識が図やレイアウトに埋め込まれており、従来のテキスト中心のAIでは扱いにくいものでした。マルチモーダルAIは、この見落とされてきた領域を形式知化の対象に引き込みます。

同社はエンタープライズ企業300社からのフィードバックと8年間蓄積したデータを基盤に、約6か月での開発を想定していると説明しています。

NTTデータ|2種類のAIエージェントで熟練者の知見を継承

NTTデータは、熟練者の暗黙知を若手に伝承する「暗黙知伝承システム」を開発しています。経済産業省の「GENIAC-PRIZE」で「ユーザー変革賞」を受賞した取り組みです。

NTTデータの2種類のAIエージェント

このシステムの特徴は、役割の異なる2種類のAIエージェントで構成されている点にあります。

  • インタビューエージェント
    熟練者との対話を通じて暗黙知を引き出し、整理する役割。基本的な質問から詳細へと段階的に掘り下げ、想定回答を提示しながら言語化を支援する。

  • チューターエージェント
    引き出された知見をもとに、若手からの質問に回答する役割。蓄積された形式知を、実際の育成の場で使える状態にする。


この構成は、前半で触れたSECIモデルにきれいに対応しています。インタビューエージェントが表出化(暗黙知→形式知)を担い、チューターエージェントが内面化(形式知→暗黙知)を支える形です。

NTTデータは、この仕組みによってレビュー回数の削減、若手の生産性向上、熟練者の負荷軽減が見込まれると説明しています。従来は属人的だった知識継承を、AIで体系化・継続化しようとする試みだといえます。

東京ガス|コールセンターのベテラン応対をAIで形式知化

製造業以外の事例として、東京ガスのコールセンターの取り組みが挙げられます。同社は、顧客からの問い合わせ内容をAIが解析し、応対履歴やマニュアルから最適な回答案をオペレーターの画面に表示する仕組みを2021年以降に整備しました。

東京ガスのコールセンター応対支援

これは、ベテランオペレーターが経験的に行ってきた「どの情報をどう案内するか」という判断を、AIが参照できる形式知に変えて支援する取り組みです。

東京ガスの公表によれば、この仕組みによって応対時間は年間で約1万1000時間削減され、オペレーター1人あたりの平均応答時間は10秒短縮、判断に迷って上長へ引き継ぐエスカレーション率も14%削減されました。経験の浅いオペレーターでもベテランに近い品質で対応できるようになり、応対品質の均一化につながっています。


このように、暗黙知の形式知化はコールセンターや営業など、製造業以外の現場でも広がっています。製造業に絞った導入事例は製造業のナレッジ承継をAIで実現する方法にまとめています。


生成AIで暗黙知を形式知化する際の注意点と「できない領域」

生成AIは形式知化を強力に後押ししますが、万能ではありません。

特に、AIが得意とする工程と、人が担うべき工程を切り分けないまま導入すると、「形式知化したつもり」で終わってしまいます。

生成AIで形式知化する際の注意点とできない領域

本セクションでは、AI活用で詰まりやすい論点を4つ整理し、ケース別にどう向き合うべきかを示します。

AIで形式知化できる領域/できない領域

まず押さえたいのは、暗黙知のすべてを言語化できるわけではないという事実です。

熟練者の判断のうち、理由を説明できる部分は形式知化に向いています。
一方で、長年の反復で身体に染み込んだ感覚知(手の感触、微妙な力加減など)は、言葉やデータに変換しきれません。

そもそもポランニーが「人は語れる以上のことを知っている」と述べたように、暗黙知には言語化しきれない部分が本質的に残ります。AIをもってしても、この壁が消えるわけではありません。

SECIモデルでいえば、AIは表出化と連結化を加速できても、体験を共にする共同化や、実践を通じた内面化までは代替できません。
形式知化の対象を「言語化できる判断基準」に絞り、感覚知は人による共同化(OJTや同行)で補う、という役割分担が現実的です。

誤った形式知が固定化するリスク

生成AIは、もっともらしい誤った内容を生成すること(ハルシネーション)があります。

誤った形式知が固定化するリスク

熟練者の発言をAIが要約・整理する過程で、ニュアンスが変わったり、事実と異なる内容が混ざったりする可能性は避けられません。
これを検証せずに蓄積すると、誤った判断基準が「正しい形式知」として組織に固定化してしまいます。

対策はシンプルで、AIが生成した形式知は、必ず熟練者本人または有識者がレビューする工程を挟むことです。
AIに任せるのは言語化の下書きまで、最終的な正しさの担保は人が行う、という線引きが安全です。

「文書化して終わり」にしない

形式知化で最も多い失敗が、ドキュメントを作っただけで活用されない状態です。

文書化して終わりにしない

前半のSECIモデルで見たように、知識は内面化(実践を通じて身につける)まで回ってはじめて組織の力になります。
蓄積した形式知が現場で参照され、使われ、改善される循環をつくらなければ、形式知化は資料の山を増やすだけに終わります。

実務的には、形式知を「探さなくても業務のなかで出てくる」状態にすることが鍵です。
RAGによる社内検索やAIエージェントが有効なのは、まさにこの活用の段階を支えるからです。蓄積と活用はセットで設計してください。

機密ナレッジと情報セキュリティの扱い

暗黙知には、競争力の源泉となる機密性の高い知識が含まれます。

機密ナレッジと情報セキュリティの扱い

これを外部の生成AIサービスに入力する場合、データの取り扱いポリシーを確認しないと、情報漏えいや意図しない学習利用のリスクがあります。
社内利用のルールを整え、機密情報を扱う範囲では学習に使われない契約形態やクローズドな環境を選ぶことが前提になります。

導入前に社内ルールを整備する観点は、ChatGPTの社内導入ルール・規程も参考になります。
支援の現場では、まず機密度の低い業務マニュアルや手順書から形式知化を始め、運用とルールを固めてから機微な判断基準に広げる進め方を推奨しています。


暗黙知の形式知化の始め方|ステップ・ツール・費用相場

暗黙知の形式知化は、全社一斉ではなく、小さく始めて広げるのが成功の定石です。

最初から完璧な仕組みを目指すより、効果の見えやすい業務から着手し、運用に乗せながら対象を広げていきます。

暗黙知の形式知化の始め方 4ステップ

本セクションでは、形式知化を始める手順、目的別のツールの選び方、そして導入にかかる費用相場を整理します。

形式知化を始める4ステップ

形式知化は、次の4ステップで進めると迷いにくくなります。

  1. 対象領域の選定
    退職予定者がいる、問い合わせが集中している、品質がばらつくなど、痛みが明確な業務を一つ選ぶ。
  2. 暗黙知の言語化
    議事録AIやAIインタビューで、対象業務の判断やノウハウをテキスト化する。
  3. 形式知の蓄積
    言語化した内容をレビューし、検索できるナレッジベースに整理する。
  4. 活用と改善
    RAGやAIエージェントで現場から参照できるようにし、使われ方を見て更新する。


まずは、毎朝手作業で繰り返している調べ物や引き継ぎメモの作成を、議事録AIに任せるところから始めるのがおすすめです。
小さく成果を出してから次の領域へ広げることで、現場の納得感を得ながら定着させられます。

目的別のツールの選び方

形式知化に使うツールは、目的によって選び分けます。
以下の表で、課題の段階ごとに適したツールの種類を整理しました。

目的別のツールの選び方

目的 適したツールの種類
会話・会議の記録 議事録AI・文字起こしツール 例えばTeamsの議事録機能など
熟練者からの引き出し AIインタビュー・ヒアリング支援 暗黙知伝承システム型のツール
蓄積した知識の検索 RAG・社内ナレッジ検索 社内文書を統合したQAシステム
ナレッジ基盤の構築 ナレッジベース・データ基盤 Foundry IQ ナレッジベース等


実務で迷いやすいのは、いきなり高機能なナレッジ基盤を導入しようとして頓挫するパターンです。
まずは議事録AIのような身近なツールで「言語化」の習慣をつくり、蓄積が増えてきた段階で検索・活用の基盤に投資するのが、失敗の少ない順序です。社内向けの基盤を検討する段階では、Foundry IQ ナレッジベースのような選択肢も比較対象になります。

ツール・基盤の費用相場

形式知化にかかる費用は、どの段階まで踏み込むかで大きく変わります。
以下に、2026年5月時点での一般的な費用感を整理します。

ツール基盤の費用相場

  • 生成AIチャット・議事録AI
    個人向けのChatGPT Plusは月額20ドル、法人向けのMicrosoft 365 Copilotはプランによって月額数千円規模が目安。既存のサブスクリプションを使えば、追加投資を抑えて始められる。

  • RAG・社内ナレッジ検索の構築
    クラウドのAIサービス利用料に加え、ドキュメントの整備・連携の初期構築費が必要。費用は対象データ量や連携先の数といった要件によって大きく変わり、小規模なPoCから全社規模の展開まで幅がある。

  • 専用のナレッジ基盤・AIエージェント基盤
    利用規模やカスタマイズの度合いに応じて変動する。導入効果と運用体制を見ながら段階的に拡張するのが現実的。


費用を考えるうえで重要なのは、初期費用の大小よりも、形式知化した知識がどれだけ活用され、業務時間の削減や品質向上につながるかという投資対効果です。
小さく始めて効果を測りながら広げれば、過剰投資のリスクを抑えられます。

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形式知化した知識を、現場で使われ続ける仕組みにするなら

議事録AIや社内ナレッジ検索で暗黙知を言語化できても、蓄積したドキュメントが「探さないと出てこない」「結局使われない」状態で止まる例は少なくありません。形式知化を成果につなげる鍵は、知識を業務のなかで自然に引き出せる状態をつくることにあります。

このナレッジ活用の層を担うのが、AI総合研究所のAI Agent Hubです。社内に散らばるドキュメントやデータをAIエージェントが横断的に参照し、Microsoft Teamsから呼び出すだけで必要な知識を業務に活かせます。すべて自社のAzureテナント内で動作するため、機密性の高いナレッジを外部に出さずに運用できる設計です。

AI総合研究所では、AI Agent Hubの機能や導入メリット、バックオフィス業務の自動化、ROIの考え方を整理した資料を無料で公開しています。形式知化を一過性のプロジェクトで終わらせず、仕組みとして定着させたい方はご確認ください。

社内の暗黙知をAIが使える形に

AI Agent Hub

ナレッジ活用をAIエージェントで定着

議事録AIや社内ナレッジ検索で暗黙知を形式知化しても、「蓄積しただけ」で活用が進まない例は少なくありません。AI総合研究所のAI Agent Hubは、社内に散らばるドキュメントやナレッジをAIエージェントが横断的に参照し、実際の業務に活かす基盤です。資料では、AI Agent Hubの機能や導入メリット、バックオフィス業務の自動化、ROIの考え方を整理しています。


まとめ

本記事では、暗黙知の形式知化について、定義とSECIモデルの基礎から、生成AIで進める方法、企業事例、注意点、始め方と費用相場までを2026年5月時点の情報で解説しました。要点を改めて整理します。

  • 暗黙知の形式知化とは、言語化されていない経験知を、マニュアルやデータとして組織で共有できる形に変換する取り組みであり、属人化のリスクを下げて知識を組織の資産に変える

  • **SECIモデルの4プロセスのうち、形式知化が対応するのは「表出化」**で、知識は共同化・表出化・連結化・内面化のらせんを通じて組織に定着する

  • 生成AIは表出化と連結化を加速し、議事録AI・AIインタビュー・RAG・マルチモーダルAI・AIエージェントの5つの方法で実装できる

  • ストックマークは設計資料からの暗黙知抽出を目指すマルチモーダルAIを、NTTデータは2種類のAIエージェントによる暗黙知伝承システムを開発しており、形式知化は研究・開発から実用化へ向かう段階にある

  • AIは感覚知の完全な言語化や、共同化・内面化までは代替できないため、生成物のレビューと活用までの設計を前提に、小さく始めて広げるのが現実的


暗黙知の形式知化で問われるのは、「AIを導入したかどうか」よりも、「言語化した知識を現場で使われ続ける状態にできるか」です。
まずは退職や属人化で痛みのある業務を一つ選び、議事録AIで言語化を習慣づけるところから始めるのが、最も実用的な第一歩になります。

監修者
坂本 将磨

坂本 将磨

Microsoft MVP・AIパートナー。LinkX Japan株式会社 代表取締役。東京工業大学大学院にて自然言語処理・金融工学を研究。NHK放送技術研究所でAI・ブロックチェーンの研究開発に従事し、国際学会・ジャーナルでの発表多数。経営情報学会 優秀賞受賞。シンガポールでWeb3企業を創業後、現在は企業向けAI導入・DX推進を支援。

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