この記事のポイント
SAP Business Data Cloudの基本概念と2025年発表の背景を理解
データプロダクト・Intelligent Applications・AI統合の機能を把握
Databricks・Snowflake・Microsoft Fabricとの連携を理解
導入メリットと今後の展開を整理

Microsoft AIパートナー、LinkX Japan代表。東京工業大学大学院で技術経営修士取得、研究領域:自然言語処理、金融工学。NHK放送技術研究所でAI、ブロックチェーン研究に従事。学会発表、国際ジャーナル投稿、経営情報学会全国研究発表大会にて優秀賞受賞。シンガポールでのIT、Web3事業の創業と経営を経て、LinkX Japan株式会社を創業。
SAP Business Data Cloud(SAP BDC)は、2025年2月にSAPが発表した、あらゆるSAPデータとサードパーティデータを統合し、ビジネスAIを加速させるフルマネージドSaaSソリューションです。SAP DatasphereとSAP Analytics Cloudをコアコンポーネントとして含み、データプロダクト、Intelligent Applications、Databricks・Snowflake・Microsoft Fabricとの統合により、企業のデータドリブン経営とAI活用を次のレベルに引き上げます。本記事では、SAP Business Data Cloudの基本概念、主な機能、導入メリット、今後の展開を解説します。
目次
SAP Business Data Cloudが登場した背景
2. Intelligent Applications(インテリジェントアプリケーション)
SAP Business Data Cloudとは何か
SAP Business Data Cloud(SAP BDC)は、すべてのSAPデータとサードパーティデータを統合・管理し、AIが活用しやすい形式でデータを供給するフルマネージドSaaSソリューションです。
2025年2月にSAPが発表したこのソリューションは、従来のデータウェアハウスやデータレイクの枠を超え、ビジネスAIを加速させる信頼性の高いデータ基盤として位置付けられています。

SAP Business Data Cloudが登場した背景
企業がAIを活用してビジネス価値を生み出すには、次のような課題がありました。
-
データサイロ化
SAP S/4HANA、SAP SuccessFactors、SAP Aribaなど複数のSAPシステムと、Salesforce、Snowflakeなどの非SAPシステムにデータが分散 -
データ品質・ガバナンスの問題
AIモデルの学習に使えるクオリティのデータが整備されていない、データの信頼性が不明 -
AI活用の複雑さ
データサイエンティストがデータ取得・前処理に時間を費やし、AIモデル開発に集中できない
SAP Business Data Cloudは、これらの課題を解決し、「信頼できるデータでビジネスAIを加速する」 というビジョンを実現するために開発されました。
SAP Business Data Cloudの位置付け
SAP Business Data Cloudは、SAPのデータ・AI戦略の中核を担う統合基盤です。
| 製品・サービス | 役割 |
|---|---|
| SAP S/4HANA、SuccessFactors等 | 業務データの発生源(トランザクション処理) |
| SAP Business Data Cloud | データ統合・管理・AI活用基盤(統合レイヤー) |
| SAP Datasphere | データファブリック・セマンティック管理(BDCのコアコンポーネント) |
| SAP Analytics Cloud | ビジュアル分析・ダッシュボード(BDCのコアコンポーネント) |
| SAP Joule | 生成AIデジタルアシスタント |
SAP Business Data Cloudは、SAP DatasphereとSAP Analytics Cloudをコアコンポーネントとして含み、さらにDatabricks、Snowflake、Microsoft Fabricとの統合、データプロダクト、Intelligent Applicationsを統合した包括的なソリューションです。
SAP Business Data Cloudの特徴
SAP Business Data Cloudの最大の特徴は、次の3点です。
1. フルマネージドSaaS
インフラ管理、アップデート、セキュリティパッチなどをSAPが管理し、企業はデータ活用に集中できます。
2. ビジネスコンテキストを持つデータプロダクト
SAP標準のデータモデル(データプロダクト)が事前定義されており、「売上」「在庫」「人材」などのビジネス概念がすぐに利用可能です。
3. AI/生成AIとのネイティブ統合
Databricks、SAP Jouleとの統合により、データ取得から分析、AI活用までをシームレスに実行できます。
次のセクションでは、SAP Business Data Cloudの主な機能を具体的に見ていきます。
SAP Business Data Cloudの主な機能
SAP Business Data Cloudは、データ統合からAI活用まで、包括的な機能を提供します。
ここでは、実務で押さえておくべき主要機能を整理します。

1. データプロダクト(Data Products)
SAP Business Data Cloudの中核機能が、データプロダクトです。
データプロダクトとは
SAP標準で提供される、ビジネスプロセスごとに最適化されたフルマネージドのデータモデルです。
-
S/4HANAの財務データ
総勘定元帳、債権・債務、原価計算など -
SAP Aribaの支出データ
購買依頼、発注、請求書、サプライヤー情報など -
SAP SuccessFactorsの人材データ
従業員情報、学習履歴、パフォーマンス評価など -
サプライチェーンデータ
在庫、生産計画、出荷、品質管理など
メリット
- データモデルを一から設計する必要がなく、すぐに利用開始できる
- SAP標準のビジネスロジック・計算式が組み込まれており、データの一貫性・信頼性が確保される
- SAPは2025年末までに数百のデータプロダクトを提供する計画
データプロダクトにより、「データ基盤構築の初期コスト・期間を大幅に削減」 できます。
2. Intelligent Applications(インテリジェントアプリケーション)
SAP Business Data Cloudは、事前定義された分析アプリケーション Intelligent Applications(旧称:Insight Apps) を提供します。
主なIntelligent Applications
2025年に発表された主要アプリケーションは次の通りです。
-
Finance Intelligence
財務分析、予算実績管理、キャッシュフロー予測 -
Spend Intelligence
支出分析、サプライヤー評価、コスト最適化 -
Supply Chain Intelligence
在庫最適化、需要予測、サプライチェーンリスク管理 -
Revenue Intelligence
売上分析、収益予測、顧客セグメント分析 -
People Intelligence(2025年後半提供予定)
人材分析、離職予測、スキルギャップ分析
特徴
-
事前定義済みのダッシュボード
業種・業務ごとに最適化されたダッシュボードテンプレートが提供される -
組み込みAIモデル
予測分析・異常検知などのAIモデルがあらかじめ組み込まれている -
計画機能
分析結果を基にしたシナリオプランニング・予算策定機能
Intelligent Applicationsにより、「データから意思決定まで」の時間を大幅に短縮できます。
3. AI/機械学習統合
SAP Business Data Cloudは、AI/機械学習との統合が強力です。
SAP Databricks統合
SAP DatabricksがSAP Business Data Cloudにネイティブ統合されており、
- 高度な機械学習モデル開発
- ビジネスデータでトレーニングされたAIモデル作成
- 生成AIアプリケーション開発
をシームレスに実行できます。Databricksとの統合は2025年に一般提供(GA)されています。
SAP Joule(生成AIアシスタント)
SAPの生成AIアシスタント「Joule」がBusiness Data Cloudと統合されており、
- 自然言語でのデータクエリ(「今月の売上トップ10顧客は?」など)
- レポート・ダッシュボードの自動生成
- 部門横断的なワークフロー加速
が可能になります。
AIエージェント
AIエージェントが意思決定を支援し、
- 異常値の自動検知・アラート
- 推奨アクション提示(「この在庫は発注すべき」など)
- 自動レポート生成
といった、人間とAIの協働による意思決定を実現します。
4. ハイパースケーラー統合
SAP Business Data Cloudは、主要なハイパースケーラーやデータプラットフォームと統合されています。
対応プラットフォーム
-
AWS、Google Cloud、Microsoft Azure
2025年Q4に各プラットフォーム上でSAP Business Data Cloudが利用可能予定 -
Snowflake
SAP Snowflake統合が2025年11月のSAP TechEd Berlinで発表され、双方向のリアルタイムデータアクセスが可能 -
Microsoft Fabric
2025年11月にSAP Business Data Cloud Connect for Microsoft Fabricが発表され、Power BI・Azure AIとのシームレス連携が実現 -
Google Cloud(BigQuery等)
2025年にパブリックプレビューが開始され、双方向データアクセスが可能
これにより、既存のクラウド投資を活かしながら、SAP Business Data Cloudを導入できます。
5. データガバナンス・セキュリティ
企業全体でデータを活用する際に不可欠な、ガバナンス機能も提供されます。
-
データカタログ・リネージュ
データの所在・系譜を可視化し、信頼性を確保 -
アクセス制御
ロールベース・行レベル・列レベルでのきめ細かなアクセス管理 -
データマスキング
個人情報などの機密データを自動的にマスキング -
監査ログ
誰が・いつ・どのデータにアクセスしたかを記録
これらにより、GDPR・個人情報保護法などのコンプライアンス要件にも対応できます。
次のセクションでは、SAP Business Data Cloudの活用シーンを見ていきます。
SAP Business Data Cloudの活用シーン
SAP Business Data Cloudは、企業のさまざまなデータ活用課題に対応できます。
ここでは、代表的な活用シーンを整理します。

1. ビジネスAIの加速
最も注目されるのが、ビジネスAIの開発・展開を加速する用途です。
例:需要予測AIモデルの構築
- SAP S/4HANAの販売実績データ
- SAP Aribaの購買データ
- 外部の市場データ(天候、経済指標など)
をSAP Business Data Cloudで統合し、Databricksで需要予測モデルを構築。予測結果をIntelligent Applicationsで可視化し、在庫最適化・生産計画に活用します。
従来は、データサイエンティストがデータ収集・前処理に数週間かかっていた作業が、データプロダクトにより数日で完了します。
2. 全社横断データ分析
複数のSAPシステム・非SAPシステムにまたがるデータを統合分析できます。
例:全社収益性分析
- Finance Intelligence:財務データ分析
- Spend Intelligence:コスト構造分析
- Revenue Intelligence:売上・顧客分析
を組み合わせることで、製品別・顧客別・拠点別の収益性を統合的に分析し、経営判断を支援します。
3. リアルタイム意思決定
データファブリックとAIを組み合わせ、リアルタイムな意思決定を実現します。
例:サプライチェーンリスク管理
- Supply Chain Intelligenceで在庫・供給リスクをリアルタイム監視
- AIエージェントが異常を検知し、自動アラート
- Jouleに「代替サプライヤーの提案は?」と質問し、即座に候補を取得
といった、人間とAIが協働したリアルタイム対応が可能になります。
4. セルフサービスBI・データ民主化
業務部門が自らデータを分析できる環境を整備します。
ポイント
- データプロダクトにより、「売上」「在庫」などの定義が標準化され、部門間でデータの解釈が統一される
- Intelligent Applicationsの事前定義ダッシュボードで、IT部門の支援なしに分析開始できる
- Jouleによる自然言語クエリで、SQLやプログラミング不要でデータ取得可能
「データのガバナンス」と「業務部門の自律性」を両立できます。
5. グローバル展開・M&A後のデータ統合
グローバル企業やM&A後の企業で、複数のERPシステムが混在するケースでも有効です。
例:M&A後の統合分析
- 買収元企業:SAP S/4HANA
- 買収先企業:Oracle ERP、Salesforce
SAP Business Data Cloudで両社のデータを統合し、統一されたグローバルレポート・ダッシュボードを構築できます。
次のセクションでは、SAP Business Data Cloud導入のメリットと検討ポイントを整理します。
SAP Business Data Cloud導入のメリットと検討ポイント
SAP Business Data Cloudを導入する際のメリットと、検討すべきポイントを整理します。

導入のメリット
1. データ基盤構築期間の大幅短縮
データプロダクトが事前定義されているため、従来数ヶ月〜1年かかっていたデータモデル設計・構築が、数週間で完了するとされています。
2. AIモデル開発の加速
データ取得・前処理がデータプロダクトで自動化され、データサイエンティストがAIモデル開発に集中できます。
3. 信頼性の高いデータ基盤
SAP標準のビジネスロジック・ガバナンスが組み込まれており、データの一貫性・信頼性が確保されます。
4. フルマネージドによる運用負荷削減
インフラ管理・アップデート・セキュリティパッチをSAPが担当し、IT部門の運用負荷が削減されます。
5. 既存クラウド投資の活用
AWS、Azure、Google Cloud上で稼働するため、既存のハイパースケーラー契約・スキルを活用できます。
導入検討時のポイント
1. データ戦略の明確化
- どのビジネス課題を解決するか
- どのデータプロダクト・Intelligent Applicationsを利用するか
- AI活用のロードマップはどうか
といったデータ・AI戦略の全体像を描くことが重要です。
2. 段階的な導入計画
- フェーズ1:特定部門(財務、購買など)のデータプロダクトから開始
- フェーズ2:Intelligent Applications展開
- フェーズ3:AI/機械学習モデル開発
というように、すべてのデータを一度に統合するのではなく、段階的アプローチが推奨されます。
3. 既存SAP製品との関係整理
既にSAP DatasphereやSAP Analytics Cloudを利用している場合、
- SAP Business Data Cloudへの移行パス
- 既存投資の引き継ぎ
- 並行運用期間
を計画します。SAP DatasphereとSAP Analytics CloudはBDCのコアコンポーネントなので、投資は無駄にならない点は重要です。
4. スキル・組織体制の準備
SAP Business Data Cloudを活用するには、
- データエンジニア(データプロダクト管理)
- データアナリスト(Intelligent Applications活用)
- データサイエンティスト(AI/MLモデル開発)
といったデータ人材の確保・育成が必要です。
5. コスト試算
SAP Business Data Cloudは、
- データ容量
- 処理能力(コンピュート)
- 利用するデータプロダクト・Intelligent Applications数
などに応じた課金モデルです。概算コストをしっかりと試算し、ROI(投資対効果)が合うかどうかをしっかり評価する必要があります。
導入が向いている企業
次のような企業は、SAP Business Data Cloud導入のメリットが大きいと言えます。
- 複数のSAPシステム(S/4HANA、SuccessFactors、Aribaなど)を利用
- AI/機械学習を本格的にビジネスに活用したい
- データサイロ化が課題で、全社横断分析を実現したい
- データ基盤構築を短期間・低リスクで進めたい
- 既にAWS、Azure、Google Cloudを利用している
逆に、SAPシステムを利用していない企業や、データ活用ニーズが限定的な企業では、より軽量なBIツールやデータプラットフォームも検討の余地があります。
SAP Business Data Cloudの今後の展開
SAP Business Data Cloudは2025年に発表されたばかりですが、今後の展開計画が明らかになっています。

2025年の主要マイルストーン
Q4 2025:一般提供開始
AWS、Google Cloud、Microsoft Azure上でSAP Business Data Cloudが一般提供(GA)される予定です。
2025年末:数百のデータプロダクト提供
SAPは、2025年末までに数百のデータプロダクトを提供する計画です。これにより、ほぼすべてのSAPビジネスプロセスをカバーします。
H2 2025:People Intelligence提供
人材分析・離職予測・スキルギャップ分析を行うPeople Intelligenceが2025年後半に提供予定です。
パートナーシップの拡大
SAPは、主要なデータプラットフォームベンダーとのパートナーシップを強化しています。
- Databricks:一般提供済み
- Snowflake:SAP TechEd Berlin 2025で発表
- Microsoft Fabric:Microsoft Ignite 2025で発表
- Google Cloud:パブリックプレビュー開始
今後も、主要なデータエコシステムとの統合が拡大する見込みです。
AIエージェントの進化
SAPは、AIエージェントによる自律的な意思決定支援を強化しています。
- 異常検知・アラートの自動化
- 推奨アクションの自動提示
- 定型レポートの自動生成
といった、「AIが能動的にビジネスをサポートする」世界を実現する計画です。
まとめ|SAP Business Data Cloudを自社のデータ戦略の中でどう位置付けるか
本記事では、2025年に発表されたSAP Business Data Cloudの基本概念、データプロダクト・Intelligent Applications・AI統合の主な機能、活用シーンと導入メリットを解説しました。SAP Business Data Cloudは、すべてのSAPデータとサードパーティデータを統合し、ビジネスAIを加速させるフルマネージドSaaS基盤です。
導入にあたっては、データ・AI戦略の明確化と段階的導入計画、データ人材の確保が重要です。詳細な機能や導入事例については、SAP公式サイトをご確認ください。






