この記事のポイント
SAP on Azureの定義と他の選択肢との違いを理解できる
代表的なアーキテクチャパターンと設計ポイントが分かる
Azure統合による独自メリットを把握できる
移行戦略とコスト最適化のポイントが分かる
導入を成功させるための実務的なポイントを整理できる

Microsoft AIパートナー、LinkX Japan代表。東京工業大学大学院で技術経営修士取得、研究領域:自然言語処理、金融工学。NHK放送技術研究所でAI、ブロックチェーン研究に従事。学会発表、国際ジャーナル投稿、経営情報学会全国研究発表大会にて優秀賞受賞。シンガポールでのIT、Web3事業の創業と経営を経て、LinkX Japan株式会社を創業。
SAP on Azureは、Microsoft Azureのクラウド基盤上にSAPシステムを構築・運用する形態を指します。オンプレミスからのクラウド移行を検討する企業にとって、RISE with SAPと並ぶ主要な選択肢の一つです。Azureネイティブサービスとの統合、Microsoftエコシステムとの親和性、柔軟なインフラ設計といったメリットがある一方で、自社運用の範囲や責任分界をどう設計するかが重要な検討ポイントになります。本記事では、SAP on Azureの基本概念から、アーキテクチャパターン、RISE with SAPとの違い、移行戦略、導入成功のポイントまで、実務で押さえるべき情報を整理します。
目次
SAP on Azureとは何か
SAP on Azureは、Microsoft Azureのクラウド基盤(IaaS)上に、SAPシステムを構築・運用する形態 を指します。
オンプレミスで運用していたSAP ECC、S/4HANAなどを、Azureの仮想マシン・ストレージ・ネットワークサービスを使ってクラウド上に移行し、柔軟性・拡張性を高めることが主な目的です。

SAP on Azureの位置付け
SAPのクラウド移行には、大きく次のような選択肢があります。
| 選択肢 | 概要 |
|---|---|
| オンプレミス継続 | 自社データセンターでの運用を継続 |
| SAP on Azure(IaaS) | Azure上に仮想マシンを構築し、SAPを運用(本記事のテーマ) |
| RISE with SAP | SAPが提供するフルマネージドサービス(HANA Cloud含む) |
| S/4HANA Cloud | SaaSとして提供されるS/4HANA(RISE with SAPの一部またはスタンドアロン) |
SAP on Azureは、「インフラはクラウド化するが、SAP自体の運用は自社・パートナーでコントロールする」 という中間的な選択肢です。
RISE with SAPとの違い
よく比較されるRISE with SAPとの違いを整理します。
| 観点 | SAP on Azure(IaaS) | RISE with SAP |
|---|---|---|
| インフラ運用 | 自社 or パートナーが設計・運用 | SAPマネージドサービスとして提供 |
| SAP運用 | 自社 or パートナーが担当 | 一部がSAPマネージドに含まれる |
| 設計の自由度 | OS・ネットワーク・バックアップを自由に設計可能 | 標準構成が前提、カスタマイズは制限される |
| 契約形態 | Azure利用料 + SAPライセンスを個別管理 | サブスクリプション一括契約 |
| 適した企業 | インフラを自社設計したい、既存資産を活かしたい | 運用負荷を減らし、標準化を進めたい |
SAP on Azureは 「インフラ設計・運用を自社主導で進めたい企業」 に向いている選択肢と言えます。
SAP on Azureのメリット
SAP on Azureを選択する主なメリットを整理します。

1. Azureネイティブサービスとの統合
Azureの豊富なクラウドサービスと組み合わせることで、SAPの機能を拡張できます。
- Azure Active Directory(AAD)との統合
シングルサインオン、多要素認証によるセキュリティ強化 - Azure AI・機械学習サービス
Azure Machine Learning、Cognitive ServicesとSAPデータを連携 - Power BI・Microsoft 365統合
SAPデータをPower BIで可視化、Teamsと連携した業務改善 - Azure DevOps
SAP開発・運用のCI/CDパイプライン構築
こうした統合により、SAP単体では実現できない高度な機能を追加できます。
例えば、SAPトランザクションデータをAIで分析して需要予測を行ったり、Power BIで経営ダッシュボードをリアルタイムに可視化したり、Teams上でSAP承認ワークフローを完結させるといった、Microsoftエコシステム全体を活用した業務改善が実現可能になります。
2. 柔軟なインフラ設計
IaaS環境として自由に設計できるため、細かな要件に対応可能です。
- ネットワーク構成(VPN、ExpressRoute、プライベートエンドポイント)の柔軟な設計
- OS・ミドルウェアレベルでのカスタマイズ
- バックアップ・DR戦略の自社設計
- 既存オンプレミス環境とのハイブリッド構成
このような柔軟性は、「標準パッケージでは足りない」特殊要件を持つ企業 にとって大きなメリットとなります。
特に、金融・製造業など業界固有の厳格なセキュリティ要件がある場合や、既存オンプレミス資産と段階的に統合していく必要がある場合に、IaaS環境としての自由度が活きてきます。
3. 既存Microsoftライセンスの活用
既存のMicrosoftライセンス資産を活用できる可能性があります。
- Azure Hybrid Benefit
既存のWindows ServerライセンスをAzure上で利用し、コスト削減 - SAP HANAライセンスのBYOL(Bring Your Own License)
既存ライセンスをクラウドに持ち込み、新規購入コストを抑制
既存のMicrosoftライセンス資産を保有している企業にとって、初期投資を大幅に抑えられるメリットがあります。
Windows Serverのライセンスを複数保有している企業では、Azure Hybrid Benefitによって最大40%程度のコスト削減が見込めるケースもあり、クラウド移行の経済的なハードルを下げる重要な要素となります。
4. グローバル展開の迅速化
Azureは世界60以上のリージョンに展開しており、グローバル拠点への迅速な展開が可能です。
- 各国のデータレジデンシー要件に対応したリージョン選択
- リージョン間レプリケーションによるDR構成
- グローバル拠点からの低レイテンシアクセス
こうしたグローバルインフラの充実度は、海外拠点展開を計画している企業や、すでに多国籍での事業展開を行っている企業 にとって大きなアドバンテージとなります。
例えば、アジア・欧州・北米に拠点を持つ製造業が各地域でSAPインスタンスを展開する際、Azureの各リージョンを活用することで、現地の法規制に準拠しながら統一的なSAP基盤を迅速に構築できます。
SAP on Azureの代表的なアーキテクチャパターン
SAP on Azureには、要件に応じた複数のアーキテクチャパターンがあります。

1. シングルインスタンス構成
最もシンプルな構成で、開発・検証環境や小規模本番環境に適しています。
構成要素
- 単一の仮想マシン上にSAPアプリケーション + HANAデータベースを配置
- Azure Premium SSDを使用したストレージ
- Azure Backupによる自動バックアップ
適用シーン
- 開発・テスト環境
- 小規模な本番環境(ユーザー数が限定的)
2. 高可用性(HA)構成
本番環境で一般的な、可用性を高めた構成です。
構成要素
- アプリケーション層:複数VMによる冗長構成 + ロードバランサー
- データベース層:HANA System Replication(HSR)による同期レプリケーション
- Pacemakerクラスタによる自動フェイルオーバー
- 可用性ゾーン(Availability Zones)を活用した物理的分離
適用シーン
- ミッションクリティカルな本番環境
- 99.9%以上の可用性が求められる業務
3. ディザスタリカバリ(DR)構成
別リージョンにDR環境を構築し、災害対策を強化する構成です。
構成要素
- プライマリリージョン:HA構成の本番環境
- セカンダリリージョン:DR用の待機環境
- HANA System ReplicationまたはAzure Site Recoveryによるレプリケーション
- 定期的なDR訓練・切り替えテスト
適用シーン
- 事業継続性(BCP)が最重要課題の企業
- 金融・医療など規制要件が厳しい業界
4. ハイブリッドクラウド構成
オンプレミスとAzure間でデータ連携・ワークロード分散を行う構成です。
構成要素
- ExpressRouteによるオンプレミス-Azure間の専用線接続
- 一部のワークロード(分析、開発)をAzure側に配置
- Azure Arc、Azure Stack HCIによるハイブリッド管理
適用シーン
- 段階的なクラウド移行を進める企業
- データガバナンス上、一部データをオンプレミス保持する必要がある企業
SAP on Azure移行時の検討ポイント
オンプレミスからSAP on Azureへの移行には、次のような検討ポイントがあります。

1. 移行方式の選択
SAP移行には、大きく3つのアプローチがあります。
リフト&シフト(Lift & Shift)
- 既存SAPをそのままAzure上に移行
- 短期間・低コストで移行可能
- ただし、クラウドのメリットを十分活かしきれない
リビルド/リアーキテクト
- S/4HANAへのコンバージョンと同時にAzure移行
- クラウドネイティブな設計に最適化
- 移行期間・コストは増大するが、長期的なメリット大
ハイブリッド移行
- 段階的に一部ワークロードをAzureに移行
- リスクを抑えながら徐々にクラウド化
自社の状況(ECC or S/4HANA、残存ライセンス、投資余力)に応じた選択が重要です。
2. サイジング・パフォーマンス設計
Azure上でのSAPパフォーマンスを確保するため、適切なサイジングが必要です。
考慮すべき要素
- SAPS(SAP Application Performance Standard)
SAPのパフォーマンス指標に基づいたVM選択 - HANAメモリサイジング
データ量、圧縮率、将来の拡張を考慮したメモリ容量設計 - ストレージ性能
Premium SSD、Ultra Diskなど、ワークロードに応じたストレージ選択 - ネットワーク帯域
アプリケーション層-DB層間のネットワークスループット確保
SAPとMicrosoftが共同で提供する 「SAP on Azure sizing tool」 を活用することが推奨されます。
3. セキュリティ・コンプライアンス設計
クラウド移行に伴い、セキュリティ設計を見直す必要があります。
主な検討項目
- ネットワーク分離(NSG、ASG、Azure Firewallの活用)
- 暗号化(保存時暗号化、転送時暗号化)
- アクセス制御(Azure RBAC、AAD統合)
- 監査ログ・脅威検知(Azure Monitor、Microsoft Sentinel)
- データレジデンシー(どのリージョンにデータを配置するか)
特に、個人情報保護法やGDPRなど 法規制への準拠 を確認することが重要です。
4. 運用体制・スキルの準備
Azure移行により、運用体制とスキルセットが変わります。
必要なスキル
- Azure管理スキル(Portal、CLI、PowerShell)
- SAPとAzureの統合知識
- Infrastructure as Code(Terraform、Bicep)
- クラウドコスト最適化ノウハウ
既存のSAP運用チームに Azureトレーニングを実施する か、Azureに精通したパートナーと協業する ことが成功の鍵です。
SAP on Azureのコスト最適化
Azure上でSAPを運用する際、コストを最適化するポイントを整理します。

1. 適切なVMサイズ・ストレージ選択
過剰なスペックを避け、ワークロードに応じた最適サイジングを行います。
- 開発・検証環境は夜間・休日に停止し、稼働時間を削減
- Azure Reserved Instances(RI)で1年・3年契約による割引適用
- スポットVMの活用(非本番環境での利用)
2. ストレージ階層化
データのアクセス頻度に応じて、ストレージを使い分けます。
- ホットデータ:Premium SSD
- ウォームデータ:Standard SSD
- コールドデータ:Azure Blob Storage(クールティア)
特に、過去データのアーカイブをBlob Storageに移行することで 大幅なコスト削減 が可能です。
3. Azure Cost Management活用
コストを可視化し、継続的に最適化します。
- Azure Cost Management + Billingでのコスト分析
- 予算アラートの設定
- 不要リソース(未使用ディスク、古いスナップショット)の定期削除
適切な管理によって最適なコストを実現できます。
SAP on Azure導入を成功させるためのポイント
最後に、SAP on Azure導入を成功に導くための実務的なポイントをまとめます。

1. MicrosoftとSAPの公式ガイダンスを活用する
SAPとMicrosoftは戦略的パートナーシップを結んでおり、豊富な公式資料が提供されています。
- SAP on Azure リファレンスアーキテクチャ
Microsoftが提供する推奨構成・ベストプラクティス - SAP Note / Azure ドキュメント
認定VM、サポート構成、既知の問題と対処法 - SAP on Azure コミュニティ
先行導入企業の知見共有、Q&A
これらを活用することで、試行錯誤のコストを削減 できます。
2. パイロット移行で運用ノウハウを蓄積
いきなり本番環境を移行するのではなく、段階的なアプローチを推奨します。
第1ステップ:開発環境の移行
- Azure運用の基礎スキル習得
- パフォーマンス・セキュリティ設計の検証
第2ステップ:非本番環境の移行
- 本番相当のデータ量でのパフォーマンステスト
- DR訓練・切り替え手順の確立
第3ステップ:本番環境の移行
- ノウハウが蓄積された段階で、リスクを抑えて移行
3. パートナーの力を適切に活用する
SAP on Azure移行は専門性が高く、経験豊富なパートナーの力を借りることが重要です。
パートナー選定のポイント
- SAP on Azure導入実績(規模・業種が自社に近い事例)
- Microsoft認定資格(Azure Solutions Architect Expert等)
- 移行後の運用サポート体制
- コスト最適化支援の有無
特に、「SAPには詳しいがAzureには不慣れ」または「Azureには詳しいがSAPには不慣れ」なパートナー は避け、両方の知見を持つパートナーを選ぶことが重要です。
4. 継続的な最適化サイクルを回す
移行後も、定期的な見直し・改善を継続します。
- 月次でのコストレビュー・最適化
- 四半期ごとのパフォーマンスチューニング
- 新しいAzureサービス(Azure NetApp Files、Azure Monitor for SAPなど)の評価・導入検討
「移行して終わり」ではなく、継続的な改善でクラウドの価値を最大化 することが成功の鍵です。
まとめ|SAP on Azureは「自由度」と「クラウドメリット」を両立する選択肢
本記事では、SAP on AzureのメリットとRISE with SAPとの違い、代表的なアーキテクチャパターン、移行戦略、コスト最適化のポイントを解説しました。SAP on Azureは、インフラのクラウド化と運用の柔軟性を両立させたい企業にとって有力な選択肢です。
段階的な移行戦略でリスクを抑えながら、Azureネイティブサービスとの統合メリットを活かすことが成功の鍵です。詳細な構成やベストプラクティスは、Microsoft Azure公式サイトをご確認ください。






