この記事のポイント
- この記事は、大学におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の現状と具体的な事例について解説しています。
- 大学では教育の質の向上、新しい価値の創出、効率化を目的としてDXが進んでいます。
- デジタルトランスフォーメーションの概念としては、デジタル技術を活用した事業プロセスの変革や、組織文化の変化を目指す動きを指しています。
- 国内の大学ではオンライン講義の導入やAIとデータ分析の活用、スマートキャンパスの実現、デジタルライブラリの拡充などが行われています。
- 海外大学ではVR技術の活用やブロックチェーン技術による公的記録管理など、さらに進んだDXが実施されている事例があります。
監修者プロフィール
坂本 将磨
Microsoft AIパートナー、LinkX Japan代表。東京工業大学大学院で技術経営修士取得、研究領域:自然言語処理、金融工学。NHK放送技術研究所でAI、ブロックチェーン研究に従事。学会発表、国際ジャーナル投稿、経営情報学会全国研究発表大会にて優秀賞受賞。シンガポールでのIT、Web3事業の創業と経営を経て、LinkX Japan株式会社を創業。
大学は、急速にデジタル化する世の中で、学習や研究、運営の効率化を進めています。
DXは、教育の質の向上と研究活動の変革をもたらし、学内外の新しい価値を創出する動力となっています。
本記事では、大学におけるDXの推進要因や活用されている技術、そして国内外の具体的な進歩例を含む、大学DXの全貌について解説していきます。
デジタル技術を最大限に活用し、学生や教員のニーズに応えるよう進化する大学の姿を、様々な事例とともにお伝えします。
目次
大学で進むDX化とは?
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、デジタル技術を活用して事業プロセスやサービス、組織文化を変革し、新たな価値を創出および提供することを指します。
これは企業に限らず、教育機関である大学においても重要な概念となっています。
なぜなら、技術の進化により、学びのスタイルや知識の共有方法が変わりつつあるからです。
DXは単に新しいテクノロジーを採用すること以上の意味を持ちます。それは組織全体の思考と文化を変えることであり、ビジネスモデルそのものをデジタル化することも含まれます。
例えば、オンライン授業の導入は教育形態を変え、学生へのアクセスを広げることができます。
こうした変革を通じて、教育の質と効率を向上させることが可能になります。
大学におけるDX化の推進理由
大学がDXを推進する理由の一つとして、デジタルネイティブな学生たちの期待に応える教育体験を提供することが挙げられます。
また、研究データの管理やキャンパス運営の効率化など、大学が直面する多くの課題を解決する可能性があります。
さらに、パンデミックのような緊急事態が発生した場合、デジタル化された大学は柔軟な対応が可能となります。
DXは、これらの課題に対応し、教育環境を持続可能であると同時に競争力のあるものにするための重要なステップです。
大学のDX推進事例
大学におけるDXを推進することで、教育内容や組織運営の質を向上させ、学生と教員のコミュニケーションを豊かにすることを目標として、様々なデジタル技術を取り入れています。
これらの取組みは、教育機関におけるイノベーションの典型例として注目されています。
オンライン教育プラットフォームの導入【東京大学】
コロナ禍を機に、各大学はオンラインでの授業の取り組みを進めています。
ZOOMやMicrosoft Teamsを活用して実際に大学に赴かなくとも授業が受けられる体制を整えることで、オンライン環境を整えられれば誰もが授業を受けることができるようになっています。
また、プラットフォームを通じてオンライン講義を配信している大学もあります。
東京大学の事例
以下は東京大学の提供するオンライン講義例です。
東京大学オープンコースウェア(UTokyo OCW)は、東京大学が提供する無料のオンライン講義プラットフォームです。
このサイトでは、大学の正規講義の資料や映像を誰でも自由に閲覧できます。
学部・大学院のコースや、人気の講義、特定の講師の講義を探すことができ、学術俯瞰講義や学術フロンティア講義など、幅広い分野の教育コンテンツが揃っています。
また、東京大学MOOCは、東京大学が提供する大規模公開オンライン講座(MOOC: Massive Open Online Course)プラットフォームです。
このサイトでは、様々な分野の無料オンラインコースを提供しており、希望する修了者には有料で修了証も取得可能です。
講座は「Coursera」や「edX」などのプラットフォームを通じて配信され、グローバルな受講者に対して高品質な教育を提供しています。
AIとデータ分析の活用【大阪大学・九州大学】
AIとデータの活用は大学におけるホットトピックです。DXを推進するうえで、データサイエンスやAI技術に習熟した人材の育成は不可欠です。
多くの大学では、データサイエンティストやAIのスペシャリストを育てるためのプログラムを立ち上げています。
これには、専攻コースだけでなく、大学全体の取り組みとしてデータリテラシーやコード教育を必修化する動きも見られます。
これにより、将来的にデジタル化された社会で活躍できる人材を輩出する土壌が育っています。
「教育を高度かつ効率化するための強力な手段」として、また「これからの時代を担う人材輩出」のために各大学が取り組みを始めていますが、今回は大阪大学、九州大学の事例について紹介します。
大阪大学の事例
以下は、大阪大学が行うデータとAI活用の例です。
大阪大学は、業務DX推進の一環として、全学事務部門(約1,600名)に**「Knowledge Stack」**を2024年5月に本格導入しました。
これは、Azure環境内でAzure OpenAI Serviceを用い、GPT-3.5、GPT-4を活用して実装されています。
このシステムを使うことで、利用状況の可視化・分析が可能になり、効率的なコスト管理が実現しました。
また、学習データは国内の閉域サーバ内で管理しているため、LLMの学習には使用されません。
これは、研究者の管理業務を軽減し、研究に専念できる環境を整備する目的で実装されました。また、大学の事務部門も急速に複雑化・高度化しているため、業務効率化と企画業務の高度化の推進も兼ねています。
主に行われているのは以下の通りです。
業務の効率化と高度化を目指し、複数のLLMモデルの利用、RAG(Retrieval-Augmented Generation)の導入。
- 文書の英語化、議事録作成、資料要約などの業務効率化
- 企画立案、データ分析などの高度な業務にも生成AIを活用
セキュアな環境でのシステム構築を行い、プロンプトデータは国内閉域サーバで管理。
- Microsoft365のEntra IDと多要素認証(MFA)による認証連携を実施。
- 利用状況の可視化と管理を実現し、チャット画面から利用方法や機密情報の取扱い注意事項を簡単に参照可能。
アカウント管理はMicrosoft365のEntra IDと自動連携し、管理コストを削減。
- トークン利用量の把握と可視化、利用制限機能で柔軟なコスト管理が可能に。
これらの施策により、大阪大学は事務部門の効率化と高度化を進め、先進技術を活用した卓越した研究大学を目指しています。
九州大学の事例
以下は九州大学が行うデータ分析活用の事例です。
九州大学では、データ駆動型イノベーション推進本部(DDIP)を設立して、データ分析を駆使した教育、研究、医療の推進を目指しています。
DDIPは、2022年4月に設立された組織で、データ分析を駆使した教育、研究、医療の推進を目指しています。
九州大学データ駆動型イノベーション推進本部(DDIP)ホームページより
DDIPは、九州大学の強みである学習分析、データサイエンス教育を活かし、以下の目標を達成することを目指しています。
- データ分析を社会問題解決のツールとして活用します。
- データ分析に関する教育と研究を推進します。
- データ分析に基づいた医療サービスを開発・提供します。
DDIPの具体的な取り組みは以下の通りです。
データ分析プラットフォームの構築
- 研究者がデータを共有し、分析できるプラットフォームを構築
- データ分析ツールの開発・提供を行う
データ分析人材の育成
- データ分析に関する教育プログラムを提供
- データサイエンティストの育成も行う
データ分析の社会実装
- データ分析を活用した社会課題解決のプロジェクトを推進
- 企業との連携も実施
このように、九州大学は、データ分析を駆使して、教育、研究、医療の質を向上させ、社会に貢献することを目指しています。
今後、同本部はさらに活動の幅を広げ、データ分析の力を活かした新しい取り組みを推進していく予定です。
スマートキャンパスの実現【京都産業大学】
スマートキャンパスとは、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などの先端技術を活用して、大学のキャンパス全体を効率的かつ効果的に運営する仕組みのことです。
具体的には、以下の様な取り組みが行われています。
施設・設備のスマート化
- センサーやネットワークを導入して、教室や研究室の環境を自動的に制御したり、空調や照明を効率的に運用したりします。
- 学生や教職員の利用状況を分析し、施設の利用効率を向上させます。
教育・研究のスマート化 - オンライン講義や遠隔実習などのICTを活用した教育サービスを提供します。
- AIやビッグデータ分析を活用して、学生一人ひとりに最適な学習環境を提供します。
- 研究活動においても、AIやシミュレーションなどを活用して、研究の効率化や精度向上を目指します。
- 学生生活のスマート化
- キャンパス内の情報端末やスマートフォンを活用して、学生が必要な情報を容易に取得できるようにします。
- キャッシュレス決済や交通系ICカードなどを導入して、学生のキャンパスライフを便利にします。
セキュリティの強化
- 顔認証やICカード認証などのセキュリティ対策を導入して、キャンパスの安全性を向上させます。
- サイバー攻撃対策を強化して、情報漏洩などのリスクを低減します。
京都産業大学の事例
以下は京都産業大学のスマートキャンパス構想例です。
京都産業大学は、2023年5月にソフトバンク、LINEと連携してスマートキャンパス構想を開始しました。
締結式の様子 (出典:新しい学生生活・教育研究の実現に向けたスマートキャンパス構想!ソフトバンク株式会社×LINE株式会社と包括連携協定を締結しました
5GやAIを活用して、キャンパス内に5Gを活用したサービスやインタラクティブな掲示板、食堂やバスなどの混雑状況を配信するシステムを導入予定です。また、LINEを活用することで入学時から卒業時まで手軽にコミュニケーションを取ることで学生生活の利便性を向上させることを目的とします。
現在は以下のような取り組みが行われています。
AIによる個別最適化された学習
- 学生一人ひとりの学習状況を分析し、最適な学習方法を提案します。
- AIチューターを活用して、学生の質問に24時間365日対応します。
VR・ARによるバーチャル体験
- 実習や実験をバーチャル空間で行うことで、より安全で効率的に学習することができます。
- 海外旅行や歴史上の人物との交流など、現実では体験できないことをバーチャル体験することができます。
学生の主体性を育むアクティブラーニング - グループワークやディスカッションなど、学生が主体的に学習に取り組むアクティブラーニングを推進します。
- PBL(課題解決型学習)を取り入れ、学生が社会課題の解決に取り組むことを支援します。
<Br>京都産業大学は、AIやVR、ARなどの先端技術を使ったスマートキャンパス化を通して、学生が将来の社会で活躍できる人材へと成長できるような、未来のキャンパスを実現を目指しています。
デジタルライブラリとリソースの拡充【神戸大学】
大学においては、これまで図書館が重要な役割を担ってきました。デジタル化が進む今、学生や教職員が学習や研究に必要な情報に容易にアクセスできる環境を整えることが重要です。
そこで、デジタルライブラリやリソースの拡充が注目されています。
デジタルライブラリとは、書籍、論文、映像、音声など、様々なデジタル形式の情報資源を収集、保存、公開、利用できる施設またはサービスのことです。
従来の紙媒体の図書館と異なり、時間や場所の制約を受けずに、インターネットを通じて情報にアクセスすることができます。また、検索機能や閲覧機能など、様々な便利な機能が備わっています。
デジタルライブラリの主な利点は以下の通りです。
- 情報アクセスの容易化: 時間や場所の制約を受けずに、必要な情報にアクセスすることができます。
- 情報量の増加: 膨大な量の情報を効率的に検索・閲覧することができます。
- 情報の保存: 貴重な資料を劣化から守ることができます。
- 情報の共有: 世界中の人々と情報を共有することができます。
- コストの削減: 紙媒体の図書館よりも運営コストを低減することができます。
デジタルライブラリの具体的な種類としては、以下のようなものがあります。
- 学術情報リポジトリ: 大学や研究機関が運営する、論文や研究データを公開するデジタルライブラリです。
- 電子書籍図書館: 電子書籍を閲覧できるデジタルライブラリです。
- 新聞記事データベース: 新聞記事を検索・閲覧できるデジタルライブラリです。
- 映像資料館: 映画やテレビ番組などの映像資料を閲覧できるデジタルライブラリです。
神戸大学の例
以下は神戸大学の提供するデジタルライブラリの事例です。
神戸大学附属図書館デジタルアーカイブは、神戸大学が発行した研究成果や、図書館が所蔵する貴重な書・特殊コレクションをデジタル化して公開するものです。
以下の内容のアーカイブを利用できます。
- 研究成果:論文、研究報告書、学位論文など
- 貴重書:江戸時代以前の和漢書、洋書、古地図、古文書など
- 特殊コレクション:神戸に関する資料、震災資料、児童文学資料など
このように公開することで、世界中どこからでも簡単に神戸大学の研究にアクセスできるようになるため、新たな研究の促進にもつながります。
また、一部資料はPDFでのダウンロードにも対応しているため、利便性も高いです。
このように、大学では、クラウドサービスやIoT技術を導入してデータ駆動型の意思決定を支援するシステム構築に成功しています。また、学生向けに自習環境として提供されるデジタルツールの導入や、オンラインでの授業と対面授業のハイブリッド化など、教育方法の革新にも力を入れています。
大学の組織運営におけるDX【香川大学】
事務作業に関しては、人工知能(AI)やロボティックプロセスオートメーション(RPA)を活用することで、紙ベースの手続きから電子化への移行を推進し、業務の所要時間とミスを大幅に削減しています。
また、学生や教員の情報管理をクラウドベースで一元化することにより、アクセスの利便性とセキュリティの向上を実現しています。
香川大学の例
香川大学では、香川大学DXラボと呼ばれる学生を中心としたDXチームを立ち上げ、学内業務を行う内部システムを内部開発する取り組みが行われています。
「仮説検証型アジャイル開発で、ユーザーが本当に必要なシステムを自分たちで開発する」をテーマに開発が行われています。
具体的な開発内容としては、チャットボットを使った科研費の申請への対応や、学生便覧チャットボット、出張申請システムなどです。
以下は香川大学DXラボによる科研費申請問い合わせ対応チャットボットの説明動画です。
また、地域住民向けに、DXに関するDXに関する講演会やイベントの開催も行うなど、地域や企業との連携が強いのも特徴です。
世界の大学でのDX事例
海外の多くの大学では、オンラインプラットフォームの充実、仮想現実(VR)を活用した没入型教育、学習分析ソフトウェアの導入など、新しい学習手法が積極的に採り入れられています。
これらの技術を駆使して、国際共同研究やグローバルな学生交流を推進しており、教育の質を世界規模で拡大しています。
アアルト大学
フィンランドにあるアアルト大学では、VR技術を駆使してキャンパス内の施設や設備をバーチャル体験できるプラットフォームが整えられています。
場所や時間の制約を受けずにキャンパスライフを体験できるため、地域的な格差や障がいの有無に対応する策として注目を集めました。
地図上に表示される黄色い点をクリックすると施設に飛ぶようになっており、操作性やデザイン性の高さが魅力です。
シンガポール国立大学
シンガポール国立大学(NUS)は、スマートキャンパスの実現に向けて、最新の5G技術やIoTソリューションを導入しています。
特に、スター・ハブとのパートナーシップにより、100%ソーラーパワーのWiFiネットワークを構築し、キャンパス全体のスマート施設管理を強化しています。
また、持続可能なキャンパス作りにも注力しており、環境影響を最小限に抑える取り組みを進めています。
NUSに設置された5GのキャンパスWi-fi (出典:A 5G campus for smart facilities management
マサチューセッツ工科大学
マサチューセッツ工科大学では、ブロックチェーン技術に力を入れています。同大学ではBlockcertsと呼ばれる、ブロックチェーン技術を使って卒業証書などの公的な記録を管理する仕組みが導入されています。
マサチューセッツ工科大学の研究機関とLeraning Machine社が共同で開発を行ない、開発されました。
証明書にブロックチェーン技術を使うことで、利用が容易になることに加え、証明の詐称を防ぐことができます。
この技術は徐々に日本にも入ってきており、例えば千葉工業大学ではNFTを使った証明書の発行が行われました。
ブロックチェーンはデータの改ざんができないため、学歴をはじめとした証明のあり方を変える可能性を秘めています。
大学DX推進における今後の課題
日本の大学は、海外の大学と比較するとDX化の波に遅れを取っている側面があります。
しかし、その差は教育機関ごとのDXへの対応策や、日本独自の文化的・社会的な要因によるものです。
海外の事例を参考にしながら、日本の教育機関でも学生中心の学習環境の整備や、研究活動の高度化など、DXをさらに進化させるための施策を模索することが重要です。
まとめ
本記事を通して、大学におけるDXが教育と研究の両面で重要な役割を果たしているかが見えてきたかと思います。
国内外の事例から判る通り、DXは学習体験の向上、研究活動の効率化、大学運営の革新など、多岐にわたる分野で貢献しています。このデジタル時代において、大学は常に変化と進化を続けなければなりません。
今後もDXは大学を取り巻く環境を形作る重要な要素として、そして大学教育を豊かにするための手段として、ますます注目されていくでしょう。
この記事を通して、大学におけるDXをはじめとして日常のDXに理解を深める一助となっていたら幸いです。